話 題 『 よもやま話 』 2026年3月〜
 
          話  題  一  覧
2026. 5. 3 高齢後のリセットは無理?!          投稿:清水有道
2026. 4.19 どうせなら私もスーパーセンチュリアンになりたい投稿:清水有道
2026. 4. 5 大国でも小国でもない日本?!         投稿:清水有道
2026. 3.22 現在のアメリカ合衆国の有様を憂える      投稿:清水有道
2026. 3. 8 エッセイ余話                 投稿:清水有道
 

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          話  題  『 よもやま話 』  
2026. 5. 3 清水 高齢後のリセットは無理?!
 
     高齢後のリセットは無理?!
横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 以前健康体の時は少々深酒や飲み過ぎでも苦しくなったり、調子が優れないときに
は幾つかの逃げ道を持っていましたので、さらに余計にメンタルな要素が加わって精
神的にダメージを受けても、好きな音楽を聴くとか、好きな水彩画の筆を持つとか、
好きな友達のような花や虫と話をするとかして、リフレッシュでもリセットでも大袈
裟な準備や心構えをすることなく、乗り越えてこられましたが、昨今のように体が動
かず、長距離を歩くとか、大きな重い荷物を持ったり、背負ったりすることが出来な
くなってからは、出掛けることも思うに任せず、ただ横になって体を休めても、直接
的に不調から脱出することは容易ではありません。考え込んでしまえば、更に調子を
悪くしたり、つい苦情の一つも言いたくなりますし、嫌味な態度を取りかねません。
何とか再びストレス解消法の一助になるよう、是非ともリセットの効果として結果が
持てるよう安らぎや趣味を続けたいものだと真剣に望んでいますがなかなか思うよう
には行きません。
 
2.新年に思うこと
 万葉集に収録されている歌人の中でも大友家持(おおともやかもち)の名は誰もが
知っていますね。筆者は毎年元旦の朝に、その家持が詠んだ次の歌を思い起こします。
 
   新(あらた)しき年の初めの
   今日の降る雪のいや重(し)け夜ごと吉事(よごと)
 
 現代語訳にすれば、「新しい年が始まる初春の今日、降る雪が積もって行くように、
今年もたくさんの良いことが重なるように願いたいものです。」となるでしょうか。
雪はなくとも元旦の朝に相応しい始まりの歌だと思います。筆者も加齢に負けず少な
くとも、向こう一年間は希望の持てる毎日の生活を続けたいと思いますし、毎日一つ
でも残せるものを作るなり、創るなり、あるいは開いたり、咲かせたりしたいと前向
きの姿勢だけは崩したくないと決意を新たにしたところです。
 ここ数年は、長年の東京計器(株)での勤め人生活とさらにその後起業して始めた
20年以上の企業運営生活に慣れ親しみ過ぎて、それらの仕事とばっさり縁が切れてし
まうと寂寞の極みで何とも情けなく、逆に一抹の悲しみに苛まれ、ややもすればその
中に溺れそうになっています。
 
3.我が人生を振り返って
 かと言って、筆者は今までの自分の人生に失敗があったとはけっして思っていませ
ん。筆者と付き合ったり、一緒に仕事をしてもらった人々に言わせれば、多分他人よ
りも何ぼか多くの楽しみや良い思いを持つことが出来、得難い稀な経験をたくさんに
重ねていて、周囲の自分達の方が情けない位に思っていると言われることでしょう。
 筆者は日頃から手早く良い仕事をするには、感性の働きを良くすることが何より大
切ではないかと感じていますので、周囲との諍いは少ないに越したことはなく、出来
るだけ穏便に仲良く意思疎通を十分果たせるよう努力しているつもりです。かと言っ
てしかし、あまりに馴れ馴れしくすれば大事な感性が鈍ってしまいスムーズな折衝の
仕事や文筆活動が出来なくなってしまうでしょう。勿論現在筆者が行っていることは、
本来の生業(なりわい)仕事ではなく自発的なサービス作業や奉仕活動ですから、有
頂天になる必要もなく、他人(ひと)に褒められたり、いい気になったりしては自分
が自滅してしまうでしょう。例え生業でなくとも、平坦な道を横滑りするように往復
するのではなく、十分な高さはなくとも、逆に1ミリでも2ミリでも高さのある坂道
を登るように心掛けたいと努めています。
 物量でリセットすることはもう容易ではないでしょうし、棺桶に片足以上を突っ込
んでいる今となっては必要もないことでしょうから、せめて心構えや気持ちの持ち方
をもう一度しっかり手綱を締めなおして、残りの人生を頑張りたいと思っています。
 
4.今できるリセット、リフレッシュは何だろうか?
 自分が人間として生をこの世に受けたことに対して、衷心から忝(かたじ)けなく
思い、感謝して、その生を十二分に生かすことを考えたいです。雑用に追われ、大事
な心の支えを忘れないよう、何事も肯定的に捉え、逆の否定的な言葉を発することに
留意し、出来る限り肯定的な言動力に置き換える努力をしたいと思います。体力は加
齢と共に確実に衰退して行きますが、大事な脳はストレスを与えることさえ控えれば、
幾つになっても成長すると言われていますので、上手に脳を使う方法、活用法を常に
考えるようにしようと思います。これが今できる最上・最高のリセットであり、リフ
レッシュであろうと思うのです。そのためには自分を逆境に置くこと無きよう注意を
払い、ストレスを感じないようにすること、ストレスを前もって排除することに努力
したいと思います。
 茶道裏千家野前の家元 千玄室氏の言葉に「但借身命(たいしゃくしんみょう)」
があることを同氏の著作から知りました。意味は“人の命はどこまでも大切にすべき
もの。それも単に大事にするのではなく、他人様のためになるように使うもの”です
が、上述したリセット、リフレッシュ法は正にこの意にも添ったものと思いますので、
是非速やかに実行に移したいと決意しました。
 
5.おわりに 
 折角仏教思想に守られ、西田哲学と言う世界的な考え方も持ち合わせている日本人
としてこの世に生まれ育ったのであるから、自然科学や工学方面にばかり目を奪われ、
関心が向けられていますが、もう少し生きることと生活することの基本に係る社会科
学にも関心を仕向けるよう働き掛けることも大切なことと考えます。少し風呂敷を広
げ過ぎた議論になりましたが、真意はお汲み取りいただけると思います。年の初めの
話題としてもよろしかったのではないでしょうか。
                                    了
                        2026年1月4日(日)  記
 
2026. 4.19 清水 どうせなら私もスーパーセンチュリアンになりたい
 
  どうせなら私もスーパーセンチュリアンになりたい
横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 昨今何かと言うと後期高齢者が話題になっています。でも以下のような呼ばれ方は
あまり耳にしません。
  *100歳以上の人を「百寿者」と呼び、
  *105歳以上の人を「超百寿者」と言い、
  *110歳以上の人を指して「スーパーセンチュリアン(Super-Centurian)」と呼
ぶのだそうです。 百寿者の中でも特に健康寿命が長いスーパーエリートを某先生が
そのように命名されたようです。(筆者注:ただし、未だどの辞書にも登録はされて
いないようです)。
 筆者も立派に後期高齢者の仲間ですが、これらの呼び方について知ったのはつい最
近のことです。 そう言えば、10年位前から2007年生まれの日本人は107歳まで生きら
れるという試算が紹介されたことがあったのを思い出しました。
 
2.日本の百寿者は何人いるのか?
 1963(昭和38)年に日本人では百歳以上の人は153人、前回2015(平成27)年の国勢
調査では146人、直近の国勢調査では141人という結果であったとか。これらの人は認
知機能が高く、自立した生活のできる老人であったようです。この傾向は、一つには
高齢になっても肉を好んで食べ、赤ワインを飲む人が少なくないことと関係があるよ
うですが、未だ具体的な研究結果が生まれているわけではないようです。これらの人
々の血中のタンパク質であるアルブミンの濃度が高いことまでは判明しているようで
すが・・・。
 筆者も心臓を患ってから、食事のコントロールに多少気遣いながら、澱粉質や塩分
脂肪の摂取量をコントロールし、
  *朝食には:米飯150グラム、ゆで卵1個、納豆、沖アミの干したものをフリカ
        ケとして、それにシジミと野菜、もしくはワカメ等の海藻類の味噌
        汁に牛乳1合と日本茶
  *昼食には:バナナ1本をヨーグルトで食すのみ。まれに澱粉質としてラスク状
        のパンの小片を1,2枚
  *夕食には:主食としては米飯も麺類もパンも一切取らず、代わりに赤ワインを
        グラスに2杯、副食と言うかツマミとして野菜と魚介類の料理を2,
        3皿
と言う食生活が少なくとも6年以上続いています。
 俗に気配りの必要な食材は3S1Yと言われますが、
 *S1はSalt  塩分を節制する。
  *S2はSeafood 魚介類を採る。
  *S3はSoy 大豆やその加工品、例えば豆腐や納豆を採る。
  *Y1はYogurto ヨーグルト
 筆者の食事は、この気配りをその通り踏襲している模範生ではないかと自負してい
ます。このような生活態度から、筆者も是非とも百寿者の仲間入りをさせてもらいた
いものと思っている次第です。運良くば、スーパー・センチュリアンになってみたい
ものだと希望的な期待を抱いています。
 
3.長寿者になる仕組みは?
 人間の老化を遅らせ、寿命を延ばす効果が期待される物質としては、ニコチンアミ
ド・モノヌクレオチド(Nicotinamide Mononucletide 以下略称NMNと記す)が一番
だということです。食材としては、アボガド、ブロッコリー、キャベツ、エビに多く
含まれていて既に多くのサプリメントがあり、この市場は100億円を超える規模になっ
ている由です。また、劣化を遅らせて寿命を延ばす酵素「サーチュイン(Sirtuin)」
が注目されていますが、この酵素発見には日本人の米国ワシントン大学卓越教授今井
眞一郎氏が中心になられたことで話題になりました。またこの発見以後、サーチュイ
ンが働き易くなる他の酵素の働きを助ける酵素としてニコチンアミド・アデニン・ジ
ヌクレオチド (Nicotinamide Ademin Dinucletide 略称“NAD”)があることが分
かってきましたが、この酵素は加齢により減少することが分かり、目下この現象を抑
えることとこれに代わる酵素はないかを研究されていて、日本の多くの科学者がその
中で活躍されている由です。
 蛇足になりますが、この分野の進捗には、人間の老化と寿命に直結した課題である
だけに世界の大きな関心の的となっており、ノーベル賞の医学生理学賞の関連する部
門で既に日本人が3人も受賞の栄誉に浴くしているため、日本人はこれから相当に近
い内に、死なない国民、いや、死ねない国民になるという嫌な冗談すら飛び交ってい
ると言われます。
 
4.おわりに
 筆者としては、死ねない国民になることが望ましいとは思いませんので、自分がそ
のようになる日が差し迫って訪れようなどとは考えて見たくもありませんが、是非こ
の分野の研究が進んで、更に日本人がより貢献できる分野であるなら、少しでも長生
きして、是非ともこの成果を自分の目で確かめ、喜びの末席に繋がりたいものと思い、
また、新しい年を迎えるに正に相応しい課題と思い書いてみました。
                                    了
                 2025年12月28日(今年最後の日曜日)に記す
 
2026. 4. 5 清水 大国でも小国でもない日本?!
 
  大国でも小国でもない日本?! 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 日本の経済は、20世紀末からのグローバル化の時代にはずっと停滞してきたために、
2010年にはGDP(国民総生産)はすでに中国に抜かれて世界第2位の座から転落して、
その後2023年にはドイツにも抜かれる始末となってしまいました。昨年2024年には日
本の一人当たりの名目GDPの規模は3万4000ドル程度で、先進国中22位となってしまい、
韓国や台湾ですら日本の水準を上回ることになってしまったのです。西洋諸国を除く
国々の中で唯一の先進国であると自負していた日本は、そのアイデンティティは、と
っくの昔に過去の物語と化してしまったのです。
 今回はその理由と言うか、背景にある問題が何であるか、何故日本が停滞した20年
とか30年とか言われる間にこのような有様になってしまったのだろうかを考えたいと
思います。
 
2.日本は生産性の低い国に引き下がってしまった?!
 近時、筆者の思い違いとは思わないのですが、古くから日本らしさの根底にあると
思われていた木目細かさや相手を思いやる心根が逆に災いして日本の取柄と評価され
ていたことが徒花(あだばな)となって、人の手を多く必要とし、不必要な心配りを
心掛けることに成り、客との応接の場に限らず、生産や事務遂行の場にまで必要以上
の人の手が要求されたり、甚だ生産性の悪さに繋がってしまったと説く海外の賢人の
話が多く聞かれるようになってきたように思われます。
 簡単に言えば、日本人が美徳と考え、より深く真剣に取り組んできた風俗、習慣、
習わし、儀礼、その他諸々の慣習法と呼んでも良いような事柄が大きくなり過ぎて、
万事手間が掛かりすぎ、非効率になっているということなのだろうと思われます。
 逆説的に言えば、長い歴史的な日本人の礼儀、作法、社会や職場の伝統的な習わし
や心得、申し送り事項等々が時代の流れにそぐわなくなってしまったと言えるのでは
ないでしょうか。何でもかでも杓子定規に簡素化すれば良いというものでないことは
勿論のことでしょうが、そうかと言って時代の流れにそぐわない物(英語では“unsu-
itable”と言いますが)を努力して続ける必要もない訳で、確かに日本にはそういう
抜本的な見直しが求められているのかもしれません。旧態然たる物差しやしきたりを
いつまでも続けていると急激な変化に対応できなくなってしまうかもしれません。
 
3.変化に対応できる生活態度に変革しよう
 因みに筆者には海外で聞かされた次の二つのことが思い出されます。
 1)一つは「変化にうまく適応した人がチャンスを掴むのです。」
 2)もう一つは、「変化の“瞬間”に新しい“価値”や“市場”が生まれているの
   です。」ですが、全くその通りだろうと思います。他にも次のような格言的な
   文章を何年か前に何人かの文化人の座談の席で聴いたように記憶しています。
  ・慣習と常識の複合体としての文化は、世界の多くの地域で、極めて長い時間に
   わたって発展してきて今日の姿になっている。
  ・文化の進化発展は、知ること、感じること、そして行動することなどの心理プ
   ロセスの集積からもたらされる。各個人は文化的多様性を深く理解した上で、
   異なる文化圏の形成を良く考察する必要がある。
 筆者の感じでも、現在が正にその瞬間の時期に当たっていると思います。
俗な格言で、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる。いわゆるバタフ
ライ効果(?)で、小さな要素でも大きな現象に影響を及ぼす」とさえ言われる現在
です。
 
4. 「自然」と「現実」をしっかり分けて考えよう
 何事も自然に任せれば良いというものではなく、自然と現実はしっかり区別して対
処することが必要でしょう。もう少し専門的に議論するなら、日常性、アクチュアリ
ティ(Actuality)つまり、眼に見える、音に聞こえる、触って感じられる、温かい・
冷たいの触感がある。臭いがあって、味がある等のいわゆる五感に与えられるものを
一つの「現実」と考え、五感全てを備えているものを物と呼び、その中で、非常に強
く現実だと考えるものをリアリティ(Reality)と区分します。
自然は、人為的にああしたらこうなるが成り立たない世界を言います。
昔枕詞(まくらことば)としては「掛け替えのない」が使われ、“一つしかない”を
表しており、人間もその中に入ります。この世界の事象に特徴的なことは“狼狽(う
ろた)える”があります。現実には「自然」と「意識」の二つがあり、自然は身体で、
自分の思うようにはならぬが、意識の世界は自分の思うようになります。
 
5.おわりに
 上述した変化の対応に絡んで、西洋にはラテン語の世界から今日まで「メメント・
モリ(Memennto mori 「死を忘れるな」があるように、東洋の仏教の根本思想には共
通した「諸行無常(万物は常に変化し、この世に不変のものはない)と、説いていま
す。
 筆者も改めて先哲の言葉に耳を傾け、人生の末期にはなりましたが、真剣に自身の
行動に移し込みたいものと思い直しました。序にラテン語の格言にもう一つ大切な
“Carpe diem 「カルぺ・ディエム」(人は何時死ぬか分からないから今日を精一杯
生きよ!」”という盛者必衰をポジティブに反転した教えを合わせて思い出しました。
必ずしも目指す十分な検討も考察もできませんでしたが、真意は汲み取っていただけ
たものと思っています。
以上お付き合い下さり有難うございました。
                                   了
                        2025年12月18日(木) 記
 
2026. 3.22 清水 現在のアメリカ合衆国の有様を憂える
 
 現在のアメリカ合衆国の有様を憂える 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 アメリカ合衆国(以下本文中ではアメリカと略す)の世界が認める寛容さは、アメ
リカ政治に詳しい一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏も数々の著作の中で書かれている
ように、アメリカの豊かさの本質にあったと思う。特に低開発国も含めた世界の国々
から移民や留学生を受け入れ、教育や自己啓発の機会を与え、彼らを優秀な人材とし
て育て、一部の人々は本人の希望があればアメリカの政治や科学、文化の上部機関に
迎え入れて、自国の経済、軍事、科学の発展に大きな貢献の力を引き出してきた。
 ところが、現在の第2期トランプ大統領の時期に至り、皆様もご承知の通り、気候
変動や感染症対策、ワクチン製造などの分野で世界の他国の考えに否定的な立場を取
ったり、科学研究費を削減したり、研究者を締め付けるだけでなく、海外各国から迎
え入れた優秀な人材を国外に追い出し、従来の寛容さの根源であった国外の頭脳を吸
収することをも機能不全にするような学生や学者の入国ビザに制限を設け、殊更に関
税を一方的に引き上げて、世界の自由貿易体制にも厳しい制約を課すなど、筆者には
アメリカの歴史的な寛容さに対して真逆の、水を差すような政策を強行しているとし
か思えない。
 
2.アメリカ製造業がファブレスになった結果!?
 2000年頃からアメリカ経済で顕著なことは、製造業がファブレス(製造業でありな
がら製造工場を持たないこと)によってより高度な段階になったことである。多分こ
う書いただけでは真の意味は通じないことだろうと思われるが、要するにアメリカの
国内で実際にアップルやエヌヴィディアなどがその代表的な実例である。これはアメ
リカに言わせれば製造業の衰退ではなく、新しい形態に進化したことだと説明される
が、これが今、鉄鋼や自動車産業などのアメリカの誇りとしていたかつての製造業を
トランプが国内に回帰させようとして躍起になっているときに、改めて問題として顕
在化したのである。
 日本もまた少なからず、アメリかが辿った道順と方策を受け継いで、斜陽化した家
電、工作機械、造船等々の世界市場での競争力に苦戦を強いられているのはご承知の
通りであるが、今回の論議の直接の課題からは離れるので、これ以上の考察は行わな
いことにしたい。
 アメリカの製造業を昔の姿に引き戻そうとする政策は、一方では張本人である例え
ばアップルやエヌヴィディアなどが現実問題として自社に課せられる海外からの輸入
製品に課せられるであろう新関税を回避するために、アメリカ国内への投資を切り出
しているが、これを実行しても本格的に雇用が戻ったり、製造技術に長けた労働者が
急増できるとは思えない。アメリカの悩みどころとなるであろう。
 
3.トランプ第2期政権の政策、特に大統領令の発布はアメリカ建国の理想と   
  民主主義の大原則実現のための三権分立に反するとする多くの識者の論調
  と対立しているが、これをどう処 理するのだろうか?
 大統領個人の権限が逸脱することのないように、司法、立法、行政の三権分立がア
メリカの建国以来の大きな支えであり拠り所となっている。にもかかわらず、大統領
令を議会に諮問することなく、直接あとからあとから発布されていることが多すぎる
ため、例えば問題視されている特別関税についてもアメリカ最高裁で目下審理中であ
るが、近々出されるこの結果が待ち遠しいと同時に万一違憲判断が下されたら、アメ
リカ社会はどういうことになるのか、甚だ難しい局面に追い込まれ、世界のリーダー
の座から降りねばならなくなるのではなかろうか。
 
4. おわりに
 トランプ第2期政権の施策の中には上記の他にもたくさんの矛盾した問題や理解に
苦しむことが多々あり、とても世界をリードする国のやることとは思えないことが目
に付くが、アメリカがそのようにあまりに自国のためにと、卑近のことばかりに気を
取られていると、回り回って自ら窮地に陥ることに成り兼ねないのではなかろうか?
製造業のファブレス問題もその典型的な好例だと筆者には思える。日本としてもアメ
リカ国内で展開する自動車製造や新しい日本製鉄のUSスチールの買収問題等々成り行
きによっては今後の我が国の進路どころか、産業界全般の発展成長に重大な影響をも
たらすことであるから、これから先の推移にも留意を怠ることなきようにしたいもの
だとしみじみ感じる次第である。
 近い将来、幾分かの結論が出揃い始めたところで、続編を考察することにして、今
回はこの辺りで筆を置くことにしよう。
                                     了
                            2025年12月1日  記
 
2026. 3. 8 清水 エッセイ余話
 
      エッセイ余話 横浜市 清水 有道
 
1.気軽に書こうエッセイ
 エッセイは英語のスペルでは“essay”となりますが、これは原典のラテン語では
「試みる」、「試す」、「吟味する」を意味する“essayer”を名詞化したもので、
フランス語では“essai”となります。もともとエッセイとは、本格的な長編の論文
や小説ではなくとも人生に関係するあらゆる事柄即ち、自分が好きでやっている研究
であっても、求めている快楽でも宗教でも教育でも、それこそ読書でも音楽でも政治
でも、果ては旅行でも病気のことでも死についてでも恋愛についてでも自分の意思で、
思うところを自由に制限なく綴ってみようとするものなのです。ですから、我流の感
想文で充分なのです。筆者にはもっともっと多くのエッセイストが生まれても良いの
ではなかろうかと思ってしまうのですが、皆様は如何思われますか。
 
2.“胃の腑に落ちて、丹田に収まる”
 およそ筆者にはこの科学の世界には不似合いな言葉が、この古い格言の“胃の腑に
落ちて、丹田(タンデン)(*筆者注:下腹、心身の力が集まるところを指します)
に収まる”ではないでしょうか。でも筆者には全くその通りだと常々思っているので
す。私が取り戻さねばならないのは、自信と共に、その心構えなのです。そこで、何
でも口に入れ、飲み込んでひとたび胃に送ったなら、それを最大限に利用して自分の
力に変えて、活力として外に出す拠所にしようではありませんか。無駄食いだけは避
けよう。特に高齢化の世代なのだから、と思うのです。
 
3.「三頭の蝶の道」
 このタイトルとして取り上げた「三頭の蝶の道」は、作家の山田詠美さんが2025年
10月に河出書房新社から出された書下ろし作品の題名です。 筆者が話題にしようと
したのは、この題名に使われている三頭という蝶の数え方の正式な単位を大変珍しく
感じたためなのです。と言いますのは、普通なら蝶の数は一匹、二匹、三匹と呼ぶの
が普通ではありませんか。筆者は幼少の時から蝶・蛾を共にして育ち、昆虫少年時代
をずっと続けて今日に至っていますので、蝶の正式な数え方が、一頭、二頭、三頭で
あることはかなり幼年時代から知っていたのですが、畑の違う分野に育った人達で子
の数え方をする人には少なくとも筆者はお目に掛かっていなかったからです。山田詠
美さんがこの数え方を知っておられて、小説の題名にされるなど本当にびっくりだっ
たのです。
 そして本文の第1章2015の副題2の締め括りの部分で、「あなた、蝶は一頭、二頭
と数えるのよ」「え?そうなんですか?」「そう。あの蝶たちは、いつも、同じ道を
舞いながら行くのよ。蝶にしか見えない通り道。そういうの、蝶の道と呼ぶの。」と
書いておられるのです。
 このように蝶の習性までも小説に中で展開されておられるので、相当な所謂“通”
なのだ!と認識させていただいた次第です。筆者は勿論嬉しく取り上げたいと思って
いるのですが、不思議に思われる方々もきっと多かったことでしょう。
 
4.“はればれと やまとしじみの 湖(ウミ)に生(イ)く”
 時々朝か夕の食事の際、家内からサーブされるしじみの味噌汁に接する度に、主題
に掲げた俳人夏井いつきが山陰の宍道湖で獲れる“やまとしじみ”を詠んだ句を思い
出すのです。貝のしじみと対になって筆者の脳には保存されているもののようです。
特別食い意地が張っているためではないと思っていますが、日本各地の地名と深く結
び付いた旨い物については、たった一度だけホテルや旅館、レストランや料亭でお目
に掛かったものでも、以後絶対に忘れることなく味わってみたく思ったり、進んで自
分の方からチャンスを求めたく思う気持ちに強く惹かれることがあり、やはり相当の
食いしん坊であることを辞任しなければならないのであろう。豊後水道の関サバ、関
アジ、下関他山口県各地の河豚(現地では福に掛けて“フク”とよぶが・・)、浜松
のウナギ、鳥取の松葉ガニ、江戸前のアナゴ等々主に海鮮料理がその主役になるよう
ですが・・
 
5.テレビのサスペンス動画の見過ぎの末に夢にまで見る怖い場面
 朧気な情景が続いても、ある特定の場面に出くわしたり、その場面を脳裏に思い浮
かべると、瞬時に絶望に近い境地に落ち込んでしまう。それは自分が暗闇に中で、何
人かの悪人に取り囲まれて命を奪われそうになった少し昔の夢の中での辛い思い出の
場面であったり、テレビのサスペンス・ドラマの殺人や自分が命を落とす場面の再来
であったりするからです。 寝つきが悪くなったり、夜中に目を覚ましたりする癖に、
サスペンスを止められないのも一種の病ですかね?今晩は軽い歌でも聞いて早く休み
ましょう。
                                   了
                       2025年11月21日(金)  記