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| 1.先達の生活の心得を受け入れて |
| 映画監督大島渚の奥様で、著名な女優小山明子さんの生活の信条として知られる |
| 「生活の心得」なのですが、筆者もこの考え方は素晴らしいし、是非学ばせてもらい |
| たいと思い、自己流の努力目標を以下それぞれ立ててみました。 |
| まず第一に、カの「感謝」では、是非とも毎日の女房の献立メニューに対しての感 |
| 謝を取り上げたいと思います。その次のキの「興味」とクの「工夫」が少々難しく、 |
| 勝手が許されない分野かもしれないと思いました。例えば「興味」では今更興味を集 |
| 中したいものがあることが、自分の歳を考えると、ある意味では珍しいというか、お |
| かしなことでもあろうし、「工夫」でもあまりに拘って、出来もしないことを空想し |
| ても意味がないので、毎日の生活や生活の日々のアクションの中から少しずつ改善・ |
| 改良することを工夫したらと考えて見たら、思い付いたのです。「そうだ!!これや |
| ってみよう!!」と、浮かんだのが相手の希望していることは何なんだと感じ取って |
| それらを自分のやりたいことに組み込んで行く、全く新しいことを生み出す方法を編 |
| み出したいと思ったのです。つまり、集団の一員として生きるからには自分が邪魔に |
| ならないよう、周囲にシンクロナイズして同化・協調する努力は今まで以上に求めら |
| れるだろうと思いました。コで挙げておられる「好奇心」については筆者は人後に落 |
| ちないと自負していますので、殊更に改めて大袈裟に振りかぶる必要はないと判断し |
| ました。ただ、飽くまでも好奇心があるからと言って、滅多やたらと何にでも手を出 |
| し、間口を広げるだけでは意味がありませんし、気が散るだけ無駄な努力となってし |
| まいます。あることを成す出発点として、或いはその補足や充足のために活用するこ |
| とが肝要でしょう。 |
| 「カキクケコ」の中で、小山さんが「コ」の中に特にもう一つ特別に言われておら |
| れることに「転ばぬこと」があります。この部分は特に老人には大変大事で必要な事 |
| であろうと思いますが、身軽に過ごせるように体重に留意し、筋力の増強に努力する |
| など、筆者もやっていますよ。腰と膝を患ってからは、足を踏み外しそうになり危う |
| い思いをしょっ中やっています。駅の階段を転げ落ち、瞬間に記憶喪失し、パトカー |
| の世話になったりも既に経験済みです。本当に他人ごとではないのです。筋力が落ち |
| ないよう、好きだった歩くことを、もう一度毎日の日課の一部に組み込んで、日常の |
| 習わしにしたいものだと、方法を考慮中です。 |
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| 2.精神的な心得を今一度考え直し、強い支えにしたい |
| さて、具体的なアクションについてはこのくらいに留めて、もう一度心の支えを考 |
| え直し、安定した思考の中に身を置くことが出来るようメンタルな装備をしっかりし |
| たいものだと思っています。 |
| 筆者が若年の頃よく親から言われた諺と言うか、格言と言うかの次の二言が今でも |
| 筆者の心に畳まれています。 |
| (1)一つは「耐える者必ず志を得る」で、 |
| (2)もう一つは、「人間の能力には限界があるが、努力には限界はない」です。 |
| そう言えば、禅宗の言葉に、「悟後(ごご)の精進」があるのを思い出しました。意 |
| 味は「何かを始めて、ある程度結果が生まれた時に、いち早く悟りを得たとして悟り |
| 顔と言うか、したり顔をするというのではなく、そこから先さらに人間を磨いていく |
| ことが大事だ」、と説いているのです。この微妙な違いを良く胸に畳んでおくことが |
| 本当に大切でしょう。その意味では同一の職場や仲間とだけ付き合って物事を進める |
| というのは片手落ちで、折角目指したことの成果を寂しいものにしてしまうかもしれ |
| ません。同好の士と楽しみも苦しみも共にしたいと思います。 |
| ここに挙げた二つの格言に関しては、流石に親父は国漢の先生であったな、と感慨 |
| を新たにしましたが、「流石に親だったなあ」と棺桶に足と突っ込みかけているとき |
| になって初めて、こんなことを言っているようではどうにもなりませんよね!大いに |
| 普段の不甲斐なさを嘆かわしく改めて思い知ったのでした。深く反省した次第です。 |
| 閑話休題、今流行の言葉にリーム・ダック(Lame Duck)があります。俗語ですが、 |
| しっかり辞書にも乗せられています。その意味は、一つは個人や組織に用いて、あま |
| り成功していなく、助けが必要な人や組織を言います。もう一つは、政治家または政 |
| 府に用いて、任期が間もなく終了し、再選される見通しのない政治家やその政府を言 |
| います。 |
| また、個人や組織が機能不全に陥った時に、「ゾンビ化した」と言います。 |
| “Zombi”としっかり英語になって辞書にあります。 人間の機能不全には自律神経の |
| 失調症がありますが、自律神経を患った時の緊急の矯正法として、ある医師は次の方 |
| 法を提案されました。筆者もこの中の一部については現在まで長く続けていることも |
| あります。 |
| 1)毎日日記を付け、次の3項目は必ず記入すること |
| (1)今日よかったこと |
| (2)今日一番駄目だったことや過去にやったことで、またやってしまったこと |
| (3)明日必ずやりたいこと |
| 2)明日の行動予定を一覧票に作り、当日はそれを消し込んで行くこと |
| 3)自分で好きな構図の写真を撮ること |
| (1)自分の好きな風景やそのアングルを知るため |
| 4)過去に撮った写真を見返してみること |
| これらのように、精神的なバックアップ・システムは幾つかの裏付けのある方法が既 |
| に確立していますので、それらの助けを得て、十分な備えをしたいものだと思います。 |
| アプローチの方法は他にも沢山あることでしょうが、要はそれらが長続きできるもの |
| であるか、やり方やその結果が皆さんに分かってもらえるか否かが鍵だと思います。 |
| 面白く自分を育てることにもう少し留意したいものだと改めて思った次第です。まだ |
| まだ議論を進めたいことはありますが、本日はこの辺で切りを付けたいと思います。 |
| 了 |
| 2026年1月10日(土) 記 |
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| 1.はじめに |
| 以前健康体の時は少々深酒や飲み過ぎでも苦しくなったり、調子が優れないときに |
| は幾つかの逃げ道を持っていましたので、さらに余計にメンタルな要素が加わって精 |
| 神的にダメージを受けても、好きな音楽を聴くとか、好きな水彩画の筆を持つとか、 |
| 好きな友達のような花や虫と話をするとかして、リフレッシュでもリセットでも大袈 |
| 裟な準備や心構えをすることなく、乗り越えてこられましたが、昨今のように体が動 |
| かず、長距離を歩くとか、大きな重い荷物を持ったり、背負ったりすることが出来な |
| くなってからは、出掛けることも思うに任せず、ただ横になって体を休めても、直接 |
| 的に不調から脱出することは容易ではありません。考え込んでしまえば、更に調子を |
| 悪くしたり、つい苦情の一つも言いたくなりますし、嫌味な態度を取りかねません。 |
| 何とか再びストレス解消法の一助になるよう、是非ともリセットの効果として結果が |
| 持てるよう安らぎや趣味を続けたいものだと真剣に望んでいますがなかなか思うよう |
| には行きません。 |
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| 現代語訳にすれば、「新しい年が始まる初春の今日、降る雪が積もって行くように、 |
| 今年もたくさんの良いことが重なるように願いたいものです。」となるでしょうか。 |
| 雪はなくとも元旦の朝に相応しい始まりの歌だと思います。筆者も加齢に負けず少な |
| くとも、向こう一年間は希望の持てる毎日の生活を続けたいと思いますし、毎日一つ |
| でも残せるものを作るなり、創るなり、あるいは開いたり、咲かせたりしたいと前向 |
| きの姿勢だけは崩したくないと決意を新たにしたところです。 |
| ここ数年は、長年の東京計器(株)での勤め人生活とさらにその後起業して始めた |
| 20年以上の企業運営生活に慣れ親しみ過ぎて、それらの仕事とばっさり縁が切れてし |
| まうと寂寞の極みで何とも情けなく、逆に一抹の悲しみに苛まれ、ややもすればその |
| 中に溺れそうになっています。 |
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| 3.我が人生を振り返って |
| かと言って、筆者は今までの自分の人生に失敗があったとはけっして思っていませ |
| ん。筆者と付き合ったり、一緒に仕事をしてもらった人々に言わせれば、多分他人よ |
| りも何ぼか多くの楽しみや良い思いを持つことが出来、得難い稀な経験をたくさんに |
| 重ねていて、周囲の自分達の方が情けない位に思っていると言われることでしょう。 |
| 筆者は日頃から手早く良い仕事をするには、感性の働きを良くすることが何より大 |
| 切ではないかと感じていますので、周囲との諍いは少ないに越したことはなく、出来 |
| るだけ穏便に仲良く意思疎通を十分果たせるよう努力しているつもりです。かと言っ |
| てしかし、あまりに馴れ馴れしくすれば大事な感性が鈍ってしまいスムーズな折衝の |
| 仕事や文筆活動が出来なくなってしまうでしょう。勿論現在筆者が行っていることは、 |
| 本来の生業(なりわい)仕事ではなく自発的なサービス作業や奉仕活動ですから、有 |
| 頂天になる必要もなく、他人(ひと)に褒められたり、いい気になったりしては自分 |
| が自滅してしまうでしょう。例え生業でなくとも、平坦な道を横滑りするように往復 |
| するのではなく、十分な高さはなくとも、逆に1ミリでも2ミリでも高さのある坂道 |
| を登るように心掛けたいと努めています。 |
| 物量でリセットすることはもう容易ではないでしょうし、棺桶に片足以上を突っ込 |
| んでいる今となっては必要もないことでしょうから、せめて心構えや気持ちの持ち方 |
| をもう一度しっかり手綱を締めなおして、残りの人生を頑張りたいと思っています。 |
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| 4.今できるリセット、リフレッシュは何だろうか? |
| 自分が人間として生をこの世に受けたことに対して、衷心から忝(かたじ)けなく |
| 思い、感謝して、その生を十二分に生かすことを考えたいです。雑用に追われ、大事 |
| な心の支えを忘れないよう、何事も肯定的に捉え、逆の否定的な言葉を発することに |
| 留意し、出来る限り肯定的な言動力に置き換える努力をしたいと思います。体力は加 |
| 齢と共に確実に衰退して行きますが、大事な脳はストレスを与えることさえ控えれば、 |
| 幾つになっても成長すると言われていますので、上手に脳を使う方法、活用法を常に |
| 考えるようにしようと思います。これが今できる最上・最高のリセットであり、リフ |
| レッシュであろうと思うのです。そのためには自分を逆境に置くこと無きよう注意を |
| 払い、ストレスを感じないようにすること、ストレスを前もって排除することに努力 |
| したいと思います。 |
| 茶道裏千家野前の家元 千玄室氏の言葉に「但借身命(たいしゃくしんみょう)」 |
| があることを同氏の著作から知りました。意味は“人の命はどこまでも大切にすべき |
| もの。それも単に大事にするのではなく、他人様のためになるように使うもの”です |
| が、上述したリセット、リフレッシュ法は正にこの意にも添ったものと思いますので、 |
| 是非速やかに実行に移したいと決意しました。 |
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| 2.日本の百寿者は何人いるのか? |
| 1963(昭和38)年に日本人では百歳以上の人は153人、前回2015(平成27)年の国勢 |
| 調査では146人、直近の国勢調査では141人という結果であったとか。これらの人は認 |
| 知機能が高く、自立した生活のできる老人であったようです。この傾向は、一つには |
| 高齢になっても肉を好んで食べ、赤ワインを飲む人が少なくないことと関係があるよ |
| うですが、未だ具体的な研究結果が生まれているわけではないようです。これらの人 |
| 々の血中のタンパク質であるアルブミンの濃度が高いことまでは判明しているようで |
| すが・・・。 |
| 筆者も心臓を患ってから、食事のコントロールに多少気遣いながら、澱粉質や塩分 |
| 脂肪の摂取量をコントロールし、 |
| *朝食には:米飯150グラム、ゆで卵1個、納豆、沖アミの干したものをフリカ |
| ケとして、それにシジミと野菜、もしくはワカメ等の海藻類の味噌 |
| 汁に牛乳1合と日本茶 |
| *昼食には:バナナ1本をヨーグルトで食すのみ。まれに澱粉質としてラスク状 |
| のパンの小片を1,2枚 |
| *夕食には:主食としては米飯も麺類もパンも一切取らず、代わりに赤ワインを |
| グラスに2杯、副食と言うかツマミとして野菜と魚介類の料理を2, |
| 3皿 |
| と言う食生活が少なくとも6年以上続いています。 |
| 俗に気配りの必要な食材は3S1Yと言われますが、 |
| *S1はSalt 塩分を節制する。 |
| *S2はSeafood 魚介類を採る。 |
| *S3はSoy 大豆やその加工品、例えば豆腐や納豆を採る。 |
| *Y1はYogurto ヨーグルト |
| 筆者の食事は、この気配りをその通り踏襲している模範生ではないかと自負してい |
| ます。このような生活態度から、筆者も是非とも百寿者の仲間入りをさせてもらいた |
| いものと思っている次第です。運良くば、スーパー・センチュリアンになってみたい |
| ものだと希望的な期待を抱いています。 |
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| 3.長寿者になる仕組みは? |
| 人間の老化を遅らせ、寿命を延ばす効果が期待される物質としては、ニコチンアミ |
| ド・モノヌクレオチド(Nicotinamide Mononucletide 以下略称NMNと記す)が一番 |
| だということです。食材としては、アボガド、ブロッコリー、キャベツ、エビに多く |
| 含まれていて既に多くのサプリメントがあり、この市場は100億円を超える規模になっ |
| ている由です。また、劣化を遅らせて寿命を延ばす酵素「サーチュイン(Sirtuin)」 |
| が注目されていますが、この酵素発見には日本人の米国ワシントン大学卓越教授今井 |
| 眞一郎氏が中心になられたことで話題になりました。またこの発見以後、サーチュイ |
| ンが働き易くなる他の酵素の働きを助ける酵素としてニコチンアミド・アデニン・ジ |
| ヌクレオチド (Nicotinamide Ademin Dinucletide 略称“NAD”)があることが分 |
| かってきましたが、この酵素は加齢により減少することが分かり、目下この現象を抑 |
| えることとこれに代わる酵素はないかを研究されていて、日本の多くの科学者がその |
| 中で活躍されている由です。 |
| 蛇足になりますが、この分野の進捗には、人間の老化と寿命に直結した課題である |
| だけに世界の大きな関心の的となっており、ノーベル賞の医学生理学賞の関連する部 |
| 門で既に日本人が3人も受賞の栄誉に浴くしているため、日本人はこれから相当に近 |
| い内に、死なない国民、いや、死ねない国民になるという嫌な冗談すら飛び交ってい |
| ると言われます。 |
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| 2.日本は生産性の低い国に引き下がってしまった?! |
| 近時、筆者の思い違いとは思わないのですが、古くから日本らしさの根底にあると |
| 思われていた木目細かさや相手を思いやる心根が逆に災いして日本の取柄と評価され |
| ていたことが徒花(あだばな)となって、人の手を多く必要とし、不必要な心配りを |
| 心掛けることに成り、客との応接の場に限らず、生産や事務遂行の場にまで必要以上 |
| の人の手が要求されたり、甚だ生産性の悪さに繋がってしまったと説く海外の賢人の |
| 話が多く聞かれるようになってきたように思われます。 |
| 簡単に言えば、日本人が美徳と考え、より深く真剣に取り組んできた風俗、習慣、 |
| 習わし、儀礼、その他諸々の慣習法と呼んでも良いような事柄が大きくなり過ぎて、 |
| 万事手間が掛かりすぎ、非効率になっているということなのだろうと思われます。 |
| 逆説的に言えば、長い歴史的な日本人の礼儀、作法、社会や職場の伝統的な習わし |
| や心得、申し送り事項等々が時代の流れにそぐわなくなってしまったと言えるのでは |
| ないでしょうか。何でもかでも杓子定規に簡素化すれば良いというものでないことは |
| 勿論のことでしょうが、そうかと言って時代の流れにそぐわない物(英語では“unsu- |
| itable”と言いますが)を努力して続ける必要もない訳で、確かに日本にはそういう |
| 抜本的な見直しが求められているのかもしれません。旧態然たる物差しやしきたりを |
| いつまでも続けていると急激な変化に対応できなくなってしまうかもしれません。 |
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| 3.変化に対応できる生活態度に変革しよう |
| 因みに筆者には海外で聞かされた次の二つのことが思い出されます。 |
| 1)一つは「変化にうまく適応した人がチャンスを掴むのです。」 |
| 2)もう一つは、「変化の“瞬間”に新しい“価値”や“市場”が生まれているの |
| です。」ですが、全くその通りだろうと思います。他にも次のような格言的な |
| 文章を何年か前に何人かの文化人の座談の席で聴いたように記憶しています。 |
| ・慣習と常識の複合体としての文化は、世界の多くの地域で、極めて長い時間に |
| わたって発展してきて今日の姿になっている。 |
| ・文化の進化発展は、知ること、感じること、そして行動することなどの心理プ |
| ロセスの集積からもたらされる。各個人は文化的多様性を深く理解した上で、 |
| 異なる文化圏の形成を良く考察する必要がある。 |
| 筆者の感じでも、現在が正にその瞬間の時期に当たっていると思います。 |
| 俗な格言で、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる。いわゆるバタフ |
| ライ効果(?)で、小さな要素でも大きな現象に影響を及ぼす」とさえ言われる現在 |
| です。 |
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| 4. 「自然」と「現実」をしっかり分けて考えよう |
| 何事も自然に任せれば良いというものではなく、自然と現実はしっかり区別して対 |
| 処することが必要でしょう。もう少し専門的に議論するなら、日常性、アクチュアリ |
| ティ(Actuality)つまり、眼に見える、音に聞こえる、触って感じられる、温かい・ |
| 冷たいの触感がある。臭いがあって、味がある等のいわゆる五感に与えられるものを |
| 一つの「現実」と考え、五感全てを備えているものを物と呼び、その中で、非常に強 |
| く現実だと考えるものをリアリティ(Reality)と区分します。 |
| 自然は、人為的にああしたらこうなるが成り立たない世界を言います。 |
| 昔枕詞(まくらことば)としては「掛け替えのない」が使われ、“一つしかない”を |
| 表しており、人間もその中に入ります。この世界の事象に特徴的なことは“狼狽(う |
| ろた)える”があります。現実には「自然」と「意識」の二つがあり、自然は身体で、 |
| 自分の思うようにはならぬが、意識の世界は自分の思うようになります。 |
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| 1.はじめに |
| アメリカ合衆国(以下本文中ではアメリカと略す)の世界が認める寛容さは、アメ |
| リカ政治に詳しい一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏も数々の著作の中で書かれている |
| ように、アメリカの豊かさの本質にあったと思う。特に低開発国も含めた世界の国々 |
| から移民や留学生を受け入れ、教育や自己啓発の機会を与え、彼らを優秀な人材とし |
| て育て、一部の人々は本人の希望があればアメリカの政治や科学、文化の上部機関に |
| 迎え入れて、自国の経済、軍事、科学の発展に大きな貢献の力を引き出してきた。 |
| ところが、現在の第2期トランプ大統領の時期に至り、皆様もご承知の通り、気候 |
| 変動や感染症対策、ワクチン製造などの分野で世界の他国の考えに否定的な立場を取 |
| ったり、科学研究費を削減したり、研究者を締め付けるだけでなく、海外各国から迎 |
| え入れた優秀な人材を国外に追い出し、従来の寛容さの根源であった国外の頭脳を吸 |
| 収することをも機能不全にするような学生や学者の入国ビザに制限を設け、殊更に関 |
| 税を一方的に引き上げて、世界の自由貿易体制にも厳しい制約を課すなど、筆者には |
| アメリカの歴史的な寛容さに対して真逆の、水を差すような政策を強行しているとし |
| か思えない。 |
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| 2.アメリカ製造業がファブレスになった結果!? |
| 2000年頃からアメリカ経済で顕著なことは、製造業がファブレス(製造業でありな |
| がら製造工場を持たないこと)によってより高度な段階になったことである。多分こ |
| う書いただけでは真の意味は通じないことだろうと思われるが、要するにアメリカの |
| 国内で実際にアップルやエヌヴィディアなどがその代表的な実例である。これはアメ |
| リカに言わせれば製造業の衰退ではなく、新しい形態に進化したことだと説明される |
| が、これが今、鉄鋼や自動車産業などのアメリカの誇りとしていたかつての製造業を |
| トランプが国内に回帰させようとして躍起になっているときに、改めて問題として顕 |
| 在化したのである。 |
| 日本もまた少なからず、アメリかが辿った道順と方策を受け継いで、斜陽化した家 |
| 電、工作機械、造船等々の世界市場での競争力に苦戦を強いられているのはご承知の |
| 通りであるが、今回の論議の直接の課題からは離れるので、これ以上の考察は行わな |
| いことにしたい。 |
| アメリカの製造業を昔の姿に引き戻そうとする政策は、一方では張本人である例え |
| ばアップルやエヌヴィディアなどが現実問題として自社に課せられる海外からの輸入 |
| 製品に課せられるであろう新関税を回避するために、アメリカ国内への投資を切り出 |
| しているが、これを実行しても本格的に雇用が戻ったり、製造技術に長けた労働者が |
| 急増できるとは思えない。アメリカの悩みどころとなるであろう。 |
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| 3.トランプ第2期政権の政策、特に大統領令の発布はアメリカ建国の理想と |
| 民主主義の大原則実現のための三権分立に反するとする多くの識者の論調 |
| と対立しているが、これをどう処 理するのだろうか? |
| 大統領個人の権限が逸脱することのないように、司法、立法、行政の三権分立がア |
| メリカの建国以来の大きな支えであり拠り所となっている。にもかかわらず、大統領 |
| 令を議会に諮問することなく、直接あとからあとから発布されていることが多すぎる |
| ため、例えば問題視されている特別関税についてもアメリカ最高裁で目下審理中であ |
| るが、近々出されるこの結果が待ち遠しいと同時に万一違憲判断が下されたら、アメ |
| リカ社会はどういうことになるのか、甚だ難しい局面に追い込まれ、世界のリーダー |
| の座から降りねばならなくなるのではなかろうか。 |
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| 4. おわりに |
| トランプ第2期政権の施策の中には上記の他にもたくさんの矛盾した問題や理解に |
| 苦しむことが多々あり、とても世界をリードする国のやることとは思えないことが目 |
| に付くが、アメリカがそのようにあまりに自国のためにと、卑近のことばかりに気を |
| 取られていると、回り回って自ら窮地に陥ることに成り兼ねないのではなかろうか? |
| 製造業のファブレス問題もその典型的な好例だと筆者には思える。日本としてもアメ |
| リカ国内で展開する自動車製造や新しい日本製鉄のUSスチールの買収問題等々成り行 |
| きによっては今後の我が国の進路どころか、産業界全般の発展成長に重大な影響をも |
| たらすことであるから、これから先の推移にも留意を怠ることなきようにしたいもの |
| だとしみじみ感じる次第である。 |
| 近い将来、幾分かの結論が出揃い始めたところで、続編を考察することにして、今 |
| 回はこの辺りで筆を置くことにしよう。 |
| 了 |
| 2025年12月1日 記 |
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| 1.気軽に書こうエッセイ |
| エッセイは英語のスペルでは“essay”となりますが、これは原典のラテン語では |
| 「試みる」、「試す」、「吟味する」を意味する“essayer”を名詞化したもので、 |
| フランス語では“essai”となります。もともとエッセイとは、本格的な長編の論文 |
| や小説ではなくとも人生に関係するあらゆる事柄即ち、自分が好きでやっている研究 |
| であっても、求めている快楽でも宗教でも教育でも、それこそ読書でも音楽でも政治 |
| でも、果ては旅行でも病気のことでも死についてでも恋愛についてでも自分の意思で、 |
| 思うところを自由に制限なく綴ってみようとするものなのです。ですから、我流の感 |
| 想文で充分なのです。筆者にはもっともっと多くのエッセイストが生まれても良いの |
| ではなかろうかと思ってしまうのですが、皆様は如何思われますか。 |
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| 3.「三頭の蝶の道」 |
| このタイトルとして取り上げた「三頭の蝶の道」は、作家の山田詠美さんが2025年 |
| 10月に河出書房新社から出された書下ろし作品の題名です。 筆者が話題にしようと |
| したのは、この題名に使われている三頭という蝶の数え方の正式な単位を大変珍しく |
| 感じたためなのです。と言いますのは、普通なら蝶の数は一匹、二匹、三匹と呼ぶの |
| が普通ではありませんか。筆者は幼少の時から蝶・蛾を共にして育ち、昆虫少年時代 |
| をずっと続けて今日に至っていますので、蝶の正式な数え方が、一頭、二頭、三頭で |
| あることはかなり幼年時代から知っていたのですが、畑の違う分野に育った人達で子 |
| の数え方をする人には少なくとも筆者はお目に掛かっていなかったからです。山田詠 |
| 美さんがこの数え方を知っておられて、小説の題名にされるなど本当にびっくりだっ |
| たのです。 |
| そして本文の第1章2015の副題2の締め括りの部分で、「あなた、蝶は一頭、二頭 |
| と数えるのよ」「え?そうなんですか?」「そう。あの蝶たちは、いつも、同じ道を |
| 舞いながら行くのよ。蝶にしか見えない通り道。そういうの、蝶の道と呼ぶの。」と |
| 書いておられるのです。 |
| このように蝶の習性までも小説に中で展開されておられるので、相当な所謂“通” |
| なのだ!と認識させていただいた次第です。筆者は勿論嬉しく取り上げたいと思って |
| いるのですが、不思議に思われる方々もきっと多かったことでしょう。 |
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| 4.“はればれと やまとしじみの 湖(ウミ)に生(イ)く” |
| 時々朝か夕の食事の際、家内からサーブされるしじみの味噌汁に接する度に、主題 |
| に掲げた俳人夏井いつきが山陰の宍道湖で獲れる“やまとしじみ”を詠んだ句を思い |
| 出すのです。貝のしじみと対になって筆者の脳には保存されているもののようです。 |
| 特別食い意地が張っているためではないと思っていますが、日本各地の地名と深く結 |
| び付いた旨い物については、たった一度だけホテルや旅館、レストランや料亭でお目 |
| に掛かったものでも、以後絶対に忘れることなく味わってみたく思ったり、進んで自 |
| 分の方からチャンスを求めたく思う気持ちに強く惹かれることがあり、やはり相当の |
| 食いしん坊であることを辞任しなければならないのであろう。豊後水道の関サバ、関 |
| アジ、下関他山口県各地の河豚(現地では福に掛けて“フク”とよぶが・・)、浜松 |
| のウナギ、鳥取の松葉ガニ、江戸前のアナゴ等々主に海鮮料理がその主役になるよう |
| ですが・・ |