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| 1.はじめに |
| アメリカ合衆国(以下本文中ではアメリカと略す)の世界が認める寛容さは、アメ |
| リカ政治に詳しい一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏も数々の著作の中で書かれている |
| ように、アメリカの豊かさの本質にあったと思う。特に低開発国も含めた世界の国々 |
| から移民や留学生を受け入れ、教育や自己啓発の機会を与え、彼らを優秀な人材とし |
| て育て、一部の人々は本人の希望があればアメリカの政治や科学、文化の上部機関に |
| 迎え入れて、自国の経済、軍事、科学の発展に大きな貢献の力を引き出してきた。 |
| ところが、現在の第2期トランプ大統領の時期に至り、皆様もご承知の通り、気候 |
| 変動や感染症対策、ワクチン製造などの分野で世界の他国の考えに否定的な立場を取 |
| ったり、科学研究費を削減したり、研究者を締め付けるだけでなく、海外各国から迎 |
| え入れた優秀な人材を国外に追い出し、従来の寛容さの根源であった国外の頭脳を吸 |
| 収することをも機能不全にするような学生や学者の入国ビザに制限を設け、殊更に関 |
| 税を一方的に引き上げて、世界の自由貿易体制にも厳しい制約を課すなど、筆者には |
| アメリカの歴史的な寛容さに対して真逆の、水を差すような政策を強行しているとし |
| か思えない。 |
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| 2.アメリカ製造業がファブレスになった結果!? |
| 2000年頃からアメリカ経済で顕著なことは、製造業がファブレス(製造業でありな |
| がら製造工場を持たないこと)によってより高度な段階になったことである。多分こ |
| う書いただけでは真の意味は通じないことだろうと思われるが、要するにアメリカの |
| 国内で実際にアップルやエヌヴィディアなどがその代表的な実例である。これはアメ |
| リカに言わせれば製造業の衰退ではなく、新しい形態に進化したことだと説明される |
| が、これが今、鉄鋼や自動車産業などのアメリカの誇りとしていたかつての製造業を |
| トランプが国内に回帰させようとして躍起になっているときに、改めて問題として顕 |
| 在化したのである。 |
| 日本もまた少なからず、アメリかが辿った道順と方策を受け継いで、斜陽化した家 |
| 電、工作機械、造船等々の世界市場での競争力に苦戦を強いられているのはご承知の |
| 通りであるが、今回の論議の直接の課題からは離れるので、これ以上の考察は行わな |
| いことにしたい。 |
| アメリカの製造業を昔の姿に引き戻そうとする政策は、一方では張本人である例え |
| ばアップルやエヌヴィディアなどが現実問題として自社に課せられる海外からの輸入 |
| 製品に課せられるであろう新関税を回避するために、アメリカ国内への投資を切り出 |
| しているが、これを実行しても本格的に雇用が戻ったり、製造技術に長けた労働者が |
| 急増できるとは思えない。アメリカの悩みどころとなるであろう。 |
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| 3.トランプ第2期政権の政策、特に大統領令の発布はアメリカ建国の理想と |
| 民主主義の大原則実現のための三権分立に反するとする多くの識者の論調 |
| と対立しているが、これをどう処 理するのだろうか? |
| 大統領個人の権限が逸脱することのないように、司法、立法、行政の三権分立がア |
| メリカの建国以来の大きな支えであり拠り所となっている。にもかかわらず、大統領 |
| 令を議会に諮問することなく、直接あとからあとから発布されていることが多すぎる |
| ため、例えば問題視されている特別関税についてもアメリカ最高裁で目下審理中であ |
| るが、近々出されるこの結果が待ち遠しいと同時に万一違憲判断が下されたら、アメ |
| リカ社会はどういうことになるのか、甚だ難しい局面に追い込まれ、世界のリーダー |
| の座から降りねばならなくなるのではなかろうか。 |
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| 4. おわりに |
| トランプ第2期政権の施策の中には上記の他にもたくさんの矛盾した問題や理解に |
| 苦しむことが多々あり、とても世界をリードする国のやることとは思えないことが目 |
| に付くが、アメリカがそのようにあまりに自国のためにと、卑近のことばかりに気を |
| 取られていると、回り回って自ら窮地に陥ることに成り兼ねないのではなかろうか? |
| 製造業のファブレス問題もその典型的な好例だと筆者には思える。日本としてもアメ |
| リカ国内で展開する自動車製造や新しい日本製鉄のUSスチールの買収問題等々成り行 |
| きによっては今後の我が国の進路どころか、産業界全般の発展成長に重大な影響をも |
| たらすことであるから、これから先の推移にも留意を怠ることなきようにしたいもの |
| だとしみじみ感じる次第である。 |
| 近い将来、幾分かの結論が出揃い始めたところで、続編を考察することにして、今 |
| 回はこの辺りで筆を置くことにしよう。 |
| 了 |
| 2025年12月1日 記 |
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| 1.気軽に書こうエッセイ |
| エッセイは英語のスペルでは“essay”となりますが、これは原典のラテン語では |
| 「試みる」、「試す」、「吟味する」を意味する“essayer”を名詞化したもので、 |
| フランス語では“essai”となります。もともとエッセイとは、本格的な長編の論文 |
| や小説ではなくとも人生に関係するあらゆる事柄即ち、自分が好きでやっている研究 |
| であっても、求めている快楽でも宗教でも教育でも、それこそ読書でも音楽でも政治 |
| でも、果ては旅行でも病気のことでも死についてでも恋愛についてでも自分の意思で、 |
| 思うところを自由に制限なく綴ってみようとするものなのです。ですから、我流の感 |
| 想文で充分なのです。筆者にはもっともっと多くのエッセイストが生まれても良いの |
| ではなかろうかと思ってしまうのですが、皆様は如何思われますか。 |
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| 3.「三頭の蝶の道」 |
| このタイトルとして取り上げた「三頭の蝶の道」は、作家の山田詠美さんが2025年 |
| 10月に河出書房新社から出された書下ろし作品の題名です。 筆者が話題にしようと |
| したのは、この題名に使われている三頭という蝶の数え方の正式な単位を大変珍しく |
| 感じたためなのです。と言いますのは、普通なら蝶の数は一匹、二匹、三匹と呼ぶの |
| が普通ではありませんか。筆者は幼少の時から蝶・蛾を共にして育ち、昆虫少年時代 |
| をずっと続けて今日に至っていますので、蝶の正式な数え方が、一頭、二頭、三頭で |
| あることはかなり幼年時代から知っていたのですが、畑の違う分野に育った人達で子 |
| の数え方をする人には少なくとも筆者はお目に掛かっていなかったからです。山田詠 |
| 美さんがこの数え方を知っておられて、小説の題名にされるなど本当にびっくりだっ |
| たのです。 |
| そして本文の第1章2015の副題2の締め括りの部分で、「あなた、蝶は一頭、二頭 |
| と数えるのよ」「え?そうなんですか?」「そう。あの蝶たちは、いつも、同じ道を |
| 舞いながら行くのよ。蝶にしか見えない通り道。そういうの、蝶の道と呼ぶの。」と |
| 書いておられるのです。 |
| このように蝶の習性までも小説に中で展開されておられるので、相当な所謂“通” |
| なのだ!と認識させていただいた次第です。筆者は勿論嬉しく取り上げたいと思って |
| いるのですが、不思議に思われる方々もきっと多かったことでしょう。 |
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| 4.“はればれと やまとしじみの 湖(ウミ)に生(イ)く” |
| 時々朝か夕の食事の際、家内からサーブされるしじみの味噌汁に接する度に、主題 |
| に掲げた俳人夏井いつきが山陰の宍道湖で獲れる“やまとしじみ”を詠んだ句を思い |
| 出すのです。貝のしじみと対になって筆者の脳には保存されているもののようです。 |
| 特別食い意地が張っているためではないと思っていますが、日本各地の地名と深く結 |
| び付いた旨い物については、たった一度だけホテルや旅館、レストランや料亭でお目 |
| に掛かったものでも、以後絶対に忘れることなく味わってみたく思ったり、進んで自 |
| 分の方からチャンスを求めたく思う気持ちに強く惹かれることがあり、やはり相当の |
| 食いしん坊であることを辞任しなければならないのであろう。豊後水道の関サバ、関 |
| アジ、下関他山口県各地の河豚(現地では福に掛けて“フク”とよぶが・・)、浜松 |
| のウナギ、鳥取の松葉ガニ、江戸前のアナゴ等々主に海鮮料理がその主役になるよう |
| ですが・・ |