話 題 『 よもやま話 』 2025年10月〜2025年 月
 
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2025.10.19 感心した本職の作家の日本語文章        投稿:清水有道
 

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          話  題  『 よもやま話 』  
2025.10.19 清水 感心した本職の作家の日本語文章
 
  感心した本職の作家の日本語文章 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 筆者の備忘録の中から、最近読んだ小説や随筆の中で特に印象に残った日本語のき
れいな文章、実際に筆者には書けそうにもない文章を書き残してありますが、その中
から選んで以下の9作について紹介します。全くの偶然ですが、9人とも女流作家で
した。
 
2.具体的な文例
 (1)小川洋子・堀江俊幸著「あとは切手を、一枚貼るだけ」(中公文庫)の
   小川洋子の文章
 
   「暗闇に映し出された文字は、白い便箋の文字よりも表情豊かで、奥行きがあ
   る。輪郭はくっきりしているのに、内側に焦点を合わせると、なぜかしら心細
   げに揺らいで見える。一文字一文字がそれらに相応しい秘密の物語を隠し持っ
   ているかのように。」
 
   正直かなり興味のある内容の中身の濃い文章の綴られた便箋の様子が偲ばれて
  生き生きと主題となる存在を示していて心に残ったのでした。
 
 (2)高樹のぶ子著「小野小町 百夜」に引用の小町の短歌とその小説の中で
   作者が訳文した現代日本語文
 
   「“わびぬれば身を浮き草の根をたえて誘う水あらばいなむとぞ思う”
   (つくづくとこの境遇がいやになりました。浮草のようにぷっつりと根を断ち
   切り、誘う水がありますなら、その水に乗り、流れ流れていきたく・・・)」
 
 (3)プレイディみかこ著の「R・E・S・P・E・C・T リスペクト」
   (筑摩書房単行本)の中の文章
 
   「そんな言葉は冷静で知的な彼女の語彙にはない。昔はこう、もっと精悍に引
   き締まっていたものなのに。それは野太く、ひるまず、たゆみなくそこに響い
   ていたような強(シタタ)かな声だった。」
 
   英国在住の人気コラムニストの二作目の小説の中の文章です。流石に描くこと
  を職業にしておられるだけあって、難しい単語をたくさん織り込んでの文章は、
  海外在住の不自由さを微塵も感じさせない素晴らしいものと感心させられました。
 
 (4)有吉佐和子著「青い壺」(文春文庫版、第2話 29頁)から
 
   「寅三が会社をやめて半年たつと、千枝は遂に音をあげてしまった。夫が、く
   る日もくる日も毎日家にいるという生活は、千枝が結婚して以来、初めての経
   験であったし、おまけに寅三は家の中ではガスに火ひとつ点けることもできな
   いほどの役立たずなのである。(以下略)」
 
   千枝の毎日イラついて夫の存在に音をあげてしまった状況が鮮やかに映し出さ
  れていて、さすがだと思ったものです。ひょっとすると、筆者も奥さんから同様
  の思いをぼやかれているのかもしれないと、余計なことまで考えてしまったので
  した。
 
 (5)葉山博子著「時の睡蓮を摘みに」(早川書房単行本 第1部21章
    1942年11月ハノイ)から
 
   *「露しとどな夜の庭に広がる熱帯の花の匂いが、俄雨の泥混じりの匂いと一
    緒に、室内にまで漂っている。」
 
   *「きちんと着ようと肩肘を張ったせいか、逆に着崩れて見える。」
 
   *「自由、平等、博愛を謳うフランスのスローガンは、インドシナでは権威と
    責任、序列と義務、家族と祖国にとってかわった。」
 
   いずれも表現が容量を得た短い文章で済まされていることでその手際を見習い
  たいと思ったのでした。
 
 (6)原田マハ著「太陽の棘」(文春文庫 97、98頁)の文章
 
   *「狂おしい夏をどうにかやり過ごし、真昼に外を歩いても死にはすまいと確
    信できるようになったのは十一月の終わり、アメリカ本国ではハロウインで
    町がにぎわう頃のことだった。」
 
   *「沖縄の夏の太陽は、まったく殺人鬼のようだった。夏のあいだこの狂気の
    太陽とはこのさき一生仲良くなれそうもないと思ったものだ。照りつける日
    差しには、微塵も容赦がなかった。」
 
   暑い夏の表現を、一方では狂気と捉え、また一方では殺人鬼とまで言うのが面
  白く、書き留めたのだった。
 
 (7)湊かなえ著「残照の頂 続・山女日記」(幻冬舎文庫 武奈ヶ岳の項254頁)
    から
 
   「・・・、先が見えない不安を抱え、一人、家の中で過ごしていると、いつの
   まにか、思考がマイナスの方に大きく傾いていました。大袈裟かもしれないけ
   れど、出口のないトンネルに閉じ込められたような、明けない夜の世界に放り
   込まれたような希望のない日々です。」
 
   筆者の毎日の心境によく似ているので、気持ちを代弁されているような気がし
  て、将来自分が書くかもしれない心境表現の参考にと思いキープしました。
 
 (8)辻村深月著「ツナグ」(新潮文庫)から
 
   「何事もやる前に逃げちゃだめだっていうのが、うちのお母さんの口癖なの。
   やらないで後悔するより、やって後悔する方がいいって。私もこの考え方が好
   き。」
 
   筆者も大賛成なので参考までに書き留めたのでした。
 
 (9)青山美智子著「人魚が逃げた」(PHP 研究所単行本、第3章“嘘は遥か”)
    の中の文章
 
   「大丈夫、顔を上げて、元気でおやんなさい。「人」って書いてバツイチって
   いうけどね、バツじゃなくて、掛けるって読めばいいんだよ。失敗のペケじゃ
   ない、経験の掛け算さ。これからもっともっと、味わい深い人生になる。」
 
   今売り出し中の作家青山美智子の作品で、2025年の本屋大賞候補10冊の中の1
  冊にノミネートされたのですが、この文章はきれいだからとか、手本にしたいか
  らとかではなく、表現されていることがよく呑み込めず、後でゆっくり読み返そ
  うと思ったのですが、トリックの掛け合いだと思えば、面白さがわかるような気
  になりました。
 
3.おわりに
 短い文章だけの抜き書きでは、思いのたけが十分に伝わらず、残念です。いずれに
せよ、小説も人間の生活のあらゆる面を描く必要があるのでしょうから、2〜3行の
抜き書きで微妙なところまで理解しようとすること自体無理な試みとなるのでしょう。
少しでも筆者の気持ちを理解していただければと思い紹介しました。お付き合いいた
だき有難うございました。
                                    了
                         2025年7月11日(金) 記