話 題 『 よもやま話 』最新
 
          話  題  一  覧
2022. 8. 7 数学ア・ラ・カルト:平行四辺形五等分法    投稿:岡田昂三
2022. 7.17 時代の変遷、世の中の変革と推移をいかに自分の生活にマッチさせるか・・・・                  投稿:清水有道
2022. 7. 3 座右の銘にまつわる随想            投稿:清水有道
2022. 6.19 現在までの歴史上の俳人の名句         投稿:清水有道
2022 6. 5 「人新世」と「プレ・シンギュラリティ」の到来 投稿:清水有道
2022 5.16 原田マハ万歳&礼讃              投稿:清水有道
2022. 5. 8 日本史ミステリーの森へ(2)         投稿:砂田定夫
2022. 4.24 初夢でコロナ罹病患者扱いされてみて・・・   投稿:清水有道
2022. 4.10 なぜ難しい横文字単語が幾つも立て続けに流行るのか?・・・・・・・・・・・          投稿:清水有道
2022. 3.27 何時までも終われないクリア・アウト      投稿:清水有道
2022. 3.13 乱れてる(?)日本語の「書きことば」      投稿:清水有道
2022. 2.27 2030年を目途に世界に何が起こるでしょうか?  投稿:清水有道
2022. 2.13 コロナ禍は人間や社会を前進させると言われてきたが?・・・・・・・・・・・          投稿:清水有道
2022. 2. 1 ロコ・ソラーレ(カーリング女子)の金メダル獲得を期待して!・・・・・・・              投稿:鈴木富雄
2022. 1.30 「センス・オブ・ワンダー」という折り紙付きの良書を再読しわがワンダーを回顧してみると・・               投稿:清水有道
2022. 1.16 津野海太郎の「最後の読書」に痛く共感     投稿:清水有道
2021.12.12 新型コロナ感染症が残した言葉         投稿:清水有道
2021.11.21 美の感覚はノスタルジアから生まれるのでしょうか  投稿:清水有道
2021.11.14 言葉の生い立ちと語源の楽しみ         投稿:清水有道
2021.10.10 他人との付き合い今昔              投稿:清水有道
2021. 9.27 「失敗という選択肢はない」は本当か?     投稿:清水有道
2021. 9.15 世界の行方、日本の行方はどうなる       投稿:清水有道
2021. 7.10 日本語と英語の「見る」、「見える」に...  投稿:清水有道
2021. 6.13 数学ア・ラ・カルト:古代バビロニアの√2   投稿:岡田昂三
2021. 5.31 日本史ミステリーの森へ            投稿:砂田定夫
2021. 5.24 某有名画伯との幾度かの一献の夕べを懐かしむ  投稿:清水有道
2021. 5.16 ディストピア文学等というカテゴオリーが果たして必要… 投稿:清水有道
2021. 5. 2 「サルデーニャの蜜蜂」を読んで        投稿:清水有道
2021. 4.10 新型コロナ禍後の日本に求められるもの     投稿:清水有道
2021. 3.25 人生7回目の年男の年に、十二支と題する・・・ 投稿:清水有道
2021. 3.14 自費出版のすすめ               投稿:砂田定夫
2021. 2.14 2021年の読書計画               投稿:清水有道
2021. 1.25 数学ア・ラ・カルト:“密”のリスク      投稿:岡田昂三
2021. 1.16 エクソフォニストになりたかった夢を果たせず残念!!  投稿:清水有道
2020.10.21 最初の印象と最初に手にした物はその人の・・・ 投稿:清水有道
2020. 9.24 先哲の教えから学ぶこと            投稿:清水有道
2020. 8.16 海外の友人の心遣いに感謝           投稿:清水有道
2020. 7.19 数学ア・ラ・カルト:碁盤が14寸x15寸の訳   投稿:岡田昂三
2020. 5.10 桜散っても、花盛り!2020年版         投稿:小田 茂
2020. 3.28 3月に入って感じた『待っていた春』はどうだった?投稿:清水有道
2020. 2. 3 数学ア・ラ・カルト:頭の体操         投稿:岡田昂三
2019.12.15 数学ア・ラ・カルト:πの1桁目が3の訳    投稿:岡田昂三
2019.12. 9 横浜山手西洋館:第20回記念 “世界のクリスマス2019”始まる! 投稿:小田 茂
2019.11.27 私の文学嗜好と読書遍歴            投稿:清水有道
2019.11.24 ウォーキングの勧めと会社近辺の散歩道     投稿:長谷川晃
2019.10.20 数学ア・ラ・カルト:数え方を変えるだけで公式が生まれる 投稿:岡田昂三
2019.10.17 先進国欧米人に少し理解が難しくなった,,,   投稿:清水有道
2019. 9.22 葛(くず)の英単語の綴りで証明された,,,   投稿:清水有道
2019. 9.16 シルバー大学卒業後のその後          投稿:斎藤忠悟
2019. 6.28 働ける限り働きたいシニアと,,,         投稿:清水有道
2019. 5.27 桜散っても、花盛り!2019年版(その2)    投稿:小田 茂
2019. 4.24 桜散っても、花盛り!2019年版         投稿:小田 茂
2019. 4.16 数学ア・ラ・カルト:ラングレーの問題     投稿:岡田昂三
2019. 1.20 頑張ってほしいわが国の頭脳          投稿:清水有道
2018.10.18 佐伯一麦の「空にみずうみ」を読む       投稿:清水有道
2018. 9.25 歴史教育変遷の驚き−白村江の戦いを端緒にして 投稿:清水有道
2018. 9.24 ブームになってきた須賀敦子を読む       投稿:清水有道
2018. 8.21 日本語は難しい_時代遅れのワーディング?   投稿:清水有道
2018. 8. 5 松浦武四郎とはどんな人(2/2)        投稿:鈴木富雄
2018. 7.22 松浦武四郎とはどんな人(1/2)        投稿:鈴木富雄
2018. 6.24 EV志向の行方                投稿:清水有道
2018. 6. 3 かごんま(鹿児島)便りNo.2          投稿:猿渡一義
2018. 5.30 桜散っても、花盛り!2018年版:その4     投稿:小田 茂
2018. 5.18 無限の望み                  投稿:清水有道
2018. 5. 4 桜散っても、花盛り!2018年版:その3     投稿:小田 茂
2018. 4.24 桜散っても、花盛り!2018年版:その2     投稿:小田 茂
2018. 4.22 グローバル社会はコロンブスの新大陸発見から始まった 投稿:清水有道
2018. 4.18 桜散っても、花盛り!2018年版:その1     投稿:小田 茂
2018. 3.19 第二の故郷 広島!              投稿:田中隆通
2018. 3.18 かごんま(鹿児島)便り            投稿:猿渡一義
2018. 3.17 ふるさと『北見』とカーリング         投稿:鈴木富雄
2017.12. 8 恒例の横浜:山手西洋館“世界のクリスマス2017”始まる!投稿;小田 茂
2017.12. 2 「未来をアウトソーシングしてはいけない」   投稿:清水有道
2017.11.23 「ポピュリズム」への疑問           投稿:清水有道
2017.11.12 "POWER OF TWO"(邦訳「二人で一人の天才」)を読んで 投稿:清水有道
2017.10.25 カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞で思いだすこと  投稿:清水有道
2017. 9.20 シャーロッツビル騒動の報道に接して      投稿:清水有道
2017. 7.29 三平方の定理に関するよもやま話        投稿:岡田昂三
2017. 6.25 珍しい企画本『紀行とエッセイで読む作家の山旅』を読む 投稿:清水有道
2017. 6. 8 面白く読んだ『世界天才紀行』         投稿:清水有道
2017. 6. 2 桜散っても、花盛り!2017年版:その5     投稿;小田 茂
2017. 5.23 桜散っても、花盛り!2017年版:その4     投稿;小田 茂
2017. 5.10 タテハチョウ科の蝶「アカボシゴマダラ」が環境省の「特定外来生物」に追加指定される               投稿:清水有道
2017. 4.26 桜散っても、花盛り!2017年版:その3     投稿;小田 茂
2017. 4.22 桜散っても、花盛り!2017年版:その2     投稿;小田 茂
2017. 4.18 桜散っても、花盛り!2017年版:その1     投稿;小田 茂
2017. 4.12 “GRIT”に因む今流行の著作2篇        投稿:清水有道
2017. 3.29 急激な変化が予感される生活環境の中、日本は世界をリードできる国に変われるだろうか               投稿:清水有道
2017. 3.14 またまた出現した新たな新書          投稿:清水有道
2017. 2.26 わが水彩画個展への蛇足            投稿:清水有道
2017. 2.12 大好きないかにも日本語らしい美しい響きの言葉 投稿:清水有道
2017. 1.22 「フィンテック」とはなにか?        投稿;清水有道
2017. 1. 8 シンギュラリティ(『技術的失業』)は果たして何時来る? 投稿;清水有道
2016.12.25 {キリストの昇天}と「聖母の被昇天」の解釈 投稿;清水有道
2016.12.11 恒例の横浜:山手西洋館“世界のクリスマス2016”始まる!投稿;小田 茂
2016.11.27 地元横浜に「パン発祥」の石碑誕生      投稿;小田 茂
2016.11.20 ある学者の著述を読んで考えたこと      投稿;清水有道
2016.11. 6 すっかり趣きの変わった仕事の姿       投稿;清水有道
2016.10.23 “Collection of Words”と題した忘備録ノートから 投稿;清水有道
2016.10. 9 江戸時代:東西の山のランキング       投稿;吉田誠治
2016. 7.17 読書と旅を通してさらに積極性を身に着けよう 投稿;清水有道
2016. 6.12 わが人生に自分らしさが出せたであろうか?  投稿;清水有道
2016. 4.24 桜散っても、花盛り!2016年版        投稿;小田 茂
2016. 4.17 話題の魅力企業集団“FANG”とは?      投稿;清水有道
2016. 3.20 「トヨタの自工程完結」を読んで       投稿;清水有道
2016. 3. 6 串田孫一の世界を改めて総括する「生誕100周年串田孫一」展を見て 投稿;清水有道
2016. 2.14 「長い間世界をリードしてきた西洋文明は終焉を迎えているのだろうか?」 投稿;清水有道
2016. 2. 2 「自由を奪われた人間は必ず誰かを憎むようになる」 投稿;清水有道
2016. 1.17 勉強になった一冊の本――佐藤健太郎著「世界史を変えた薬」 投稿;清水有道
2015.12.09 恒例の横浜:山手西洋館“世界のクリスマス2015”始まる!投稿;小田 茂
2015.12. 6 感銘を受けた五木寛之の2冊の本       投稿;清水有道
2015.11.22 2015年秋季 IRANの会 開催        投稿:伊藤 誠一
2015.10.11 『最後の印象派』展を見て思ったこと     投稿;清水有道
2015. 5.10 未知の世界に挑戦する無謀さの愉快と不思議な爽快さ      −とんでもない3冊の読後感−        投稿;清水有道
2015. 4.27 春の花に想う                投稿;清水有道
2015. 4.14 桜散っても、花盛り!2015年版         投稿;小田 茂
2015. 3.29 「父権」復活を筆に託すノーベル文学賞受賞作家パトリック・  モディアノの『パリ環状通り』を読んで    投稿;清水有道
2015. 3.22 転換期の歌謡曲への考察           投稿;清水有道
2015. 3. 8 「水面(ミナモ)を描いた画家たち」展を見て         思ったこと                 投稿;清水有道
2015. 2.22 初夢から差し当たりの余生の過ごし方を見直して投稿;清水有道
2014.12.15 恒例の横浜:山手西洋館“世界のクリスマス2014”始まる!投稿;小田 茂
2014.11.23 2014年秋季IRANの会 開催         投稿:伊藤誠一
2014.11. 9 日本文学100年の名作             投稿;清水有道
2014. 9.28 “ヨコハマ砂の彫刻展”           投稿;小田 茂
2014. 9.14 わが庭に新しく迎えた珍しい植物       投稿;清水有道
2014. 9. 2 秋田県立美術館との交歓会で藤田嗣治の超大作         壁画“秋田の行事”を観賞する        投稿;清水有道
2014. 8.17 境川を散策する(2)            投稿;砂田定夫
2014. 8. 3 境川を散策する(1)            投稿;砂田定夫
2014. 7.20 鉄斎展で思い出すこと            投稿;清水有道
2014. 6.22 喜寿を迎えても山歩きを楽しむ        投稿;清水有道
2014. 5.25 アリス・マンローを読む           投稿;清水有道
2014. 5.19 菊次さんの映画鑑賞記を読んで        投稿;八木 宏
2014. 5.11 記念日無情                 投稿;清水有道
2014. 5. 2 桜散っても、花盛り!2014年版        投稿;小田 茂
2014. 4.27 『あなたが好き』のワナ           投稿;清水有道
2014. 4.13 労働と人事管理への新考察          投稿;清水有道
2014. 3.30 越中八尾に想う(その2)          投稿;檜山湧二
2014. 3.16 カイユボット展を見て改めて都会の              “匿名性の原理”を考える          投稿;清水有道
2014. 3. 2 越中八尾に想う(その1)          投稿;檜山湧二
2014. 2.16 “オヤマボクチ”の知られざる使われ方    投稿;清水有道
2014. 2. 2 真剣に“里山資本主義”を考えてみよう    投稿;清水有道
2014. 1.19 80歳からの闘病記_その後           投稿:伊藤誠一
2014. 1. 5 “第三の波”時代に入ったバーチャル・ワーク 投稿;清水有道
2013.12.22 2013年秋季 IRANの会 開催        投稿:伊藤誠一
2013.12.22 季節の山野草を愛でる山歩きの楽しみ(2)  投稿;清水有道
2013.12.16 横浜:山手西洋館“世界のクリスマス2013”  投稿;小田 茂
2013.12. 8 季節の山野草を愛でる山歩きの楽しみ(1)  投稿;清水有道
2013.11.24 雅楽を聴く、見る              投稿;須貝義弘
2013.11.20 「第47回 神戸OB会」開催地・神戸 参加者12名 投稿;青木 聳
2013.11.11 速水御舟が描いた美麗な蛾“むらさきしたば”を        蓼科で採集できた喜び            投稿;清水有道
2013.10.27 我が家のエノキにも話題の“アカボシゴマダラ”が育つ 投稿;清水有道
2013.10.13 ニセコアンヌプリ登山            投稿;清水有道
2013. 9.29 共感現象                  投稿;清水有道
2013. 9.15 復活した藤棚                投稿;川田 維
2013. 8.18 第2次世界大戦終結の日(終戦記念日)を前にして 投稿;伊藤誠一
2013. 8.11 ワインは、働く男の「血」である       投稿;清水有道
2013. 7.28 鹿児島便り                 投稿;猿渡一義
2013. 7.14 思う人・考える人              投稿;清水有道
2013. 7. 7 80歳からの闘病記              投稿;伊藤誠一
2013. 6.23 鉢の木物語                 投稿;須貝義弘
2013. 6.14 続「犬伏の別れ」              投稿;須貝義弘
2013. 6. 9 もう少し隣国中国を知るために        投稿;清水有道
2013. 6. 2 東京計器時代の想い出            投稿:伊藤 誠一
2013. 5.26 中国はこれからどうなる?          投稿;清水有道
2013. 5. 5 桜散っても、花盛り!2013年版        投稿;小田 茂
2013. 4.21 大山街道を歩く(5)            投稿;砂田定夫
2013. 4.14 自 分 の 墓               投稿;清水有道
2013. 4. 7 元気なままで歳を重ねていく         投稿;清水有道
2013. 3.24 大山街道を歩く(4)            投稿;砂田定夫
2013. 2.17 タトゥー(刺青)を考える          投稿;三橋春夫
2013. 2. 3 最近読んだ私の推薦書            投稿;三橋春夫
2012.12.23 車道楽(新車納入体験記)その2/2     投稿;関根 眞
2012.12.16 車道楽(新車納入体験記)その1/2     投稿;関根 眞
2012.12. 9 新装なった東京駅と比較           投稿;木戸雅史
2012.11.18 “ 輪 廻 ”               投稿;菊次愛咲
2012.11.11 こ の ご ろ の 感 慨         投稿;清水有道
2012.10.21 大山街道を歩く(3)            投稿;砂田定夫
2012.10.14 恵山(エサン、618m)に登る         投稿;清水有道
2012. 8.22  ☆ ロンドンオリンピック雑感!      投稿;小田 茂
2012. 8.12 「戦中・戦後の蒲田の想い出」        投稿:伊藤誠一
2012. 7.22 久し振りに出会えた本            投稿:清水有道
2012. 7.15 大山街道を歩く(2)            投稿;砂田定夫
2012. 7. 8 IRAN会の集い              投稿:伊藤 誠一
2012. 6.24 世の中を生き抜く通になろう!        投稿;清水 有道
2012. 6.17 大田原市と「唐辛子」             投稿;檜山 湧二
2012. 6.10 栃木100歩会                 投稿;小形 宏
2012. 5. 3 桜散っても、花盛り!            投稿;小田 茂
2012. 4.22 フラダンスと私               投稿;佐藤レイ子
2012. 4.15 猫道楽                   投稿;関根 真
2012. 4. 8 野次馬根性で「ブータンシボリアゲハ」を見る 投稿;清水有道
2012. 4. 3 趣味 一球入魂               投稿;江田 弘
2012. 3.25 大山街道を歩く(1)            投稿;砂田定夫
2012. 3.18 その後の川柳                投稿;金子健吉
2012. 3.11 中国の旅から                投稿;清水有道
2012. 3. 4 3月10日は『横浜三塔の日』です!      投稿;小田 茂
2012. 2.28 6年ぶりに全面凍結した「袋田の滝」を撮る   投稿;斎藤俊晴
2012. 2.26 ALWAYS三丁目の夕日’64鑑賞記 その2  投稿;三橋春夫
2012. 2.25 「ALWAYS三丁目の夕日'64鑑賞記 その1」を読んで 投稿;佐藤雅寿
2012. 2.19 ALWAYS三丁目の夕日’64鑑賞記 その1  投稿;三橋春夫
2012. 2.12 “いたち川”川沿いを探索する(その5/最終回) 投稿;野村一信
2012. 1.12 飲み屋の「つまみグルメ」          投稿;三橋春夫
2011.11.27 介護日誌                  投稿;金子健吉
2011.11.20 “いたち川”川沿いを探索する(その4)   投稿;野村一信
2011.10.30 「スマートフォン使用体験記」        投稿;関根 眞
2011.10.28 もののあわれ考               投稿;清水有道
2011.10. 2 空腹の苦しさに負け獣と化す         投稿;小川 孝
2011. 9.27 おめでとう!「未来技術遺産」登録      投稿;小田 茂
2011. 9.18 “いたち川”川沿いを探索する(その3)   投稿;野村一信
2011. 9. 4 やっと標本に出来た南方系の蝶“アカボシゴマダラ” 投稿;清水有道
2011. 8.28 『季節の風物詩』の写真           投稿;八木 宏
2011. 8.14 オオウバユリに出会えた登別温泉行      投稿;清水有道
2011. 8. 7 “いたち川”川沿いを探索する(その2)   投稿;野村一信
2011. 7.24 『足利学校で論語を学ぶ』          投稿;須貝義弘
2011. 7.17 “ あの日の出来事 ”            投稿;綱島健一
2011. 6.26 『岩船山崩落』               投稿;辻 隆太
2011. 6.19 “いたち川”川沿いを探索する(その1)   投稿;野村一信
2011. 5.29 加齢男性の小便作法             投稿;清水有道
2011. 5.22 富士山を雑学散歩する(7)最終回      投稿;砂田定夫 
2011. 5.15 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その16最終回)投稿;小田 茂
2011. 5. 8 富士山を雑学散歩する(6)         投稿;砂田定夫 
2011. 4.29 富士山を雑学散歩する(5)         投稿;砂田定夫 
2011. 4.24 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その15)   投稿;小田 茂
2011. 4.17 “我が人生をかえりみて”          投稿;堀 保胤
2011. 4.10 那須國造碑雑話(その2)           投稿;檜山湧二
2011. 4. 3 那須平成の森を歩く             投稿;大野健治
2011. 3.27 那須國造碑雑話(その1)           投稿;檜山湧二
2011. 3.20 栃木県人生活37年間の今昔          投稿;渡邊浩子
2011. 3.13 東京計器旧社屋の写真            投稿;吉田誠治
2011. 3. 7 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その14)   投稿;小田 茂
2011. 2.20 古磁石は語る                投稿;吉田誠治
2011. 2.10 初めてのコンドミニアム体験         投稿;三橋春夫
2011. 1.23 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その13)   投稿;小田 茂
2011. 1.16 四季を眺める美意識から絵が生まれる     投稿;清水有道
2011. 1. 9 富士山を雑学散歩する(4)         投稿;砂田定夫
2010.12.25 『巣ごもり消費』              投稿;清水有道
2010.12.12 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その12)   投稿;小田 茂
2010.12. 5 『二人の紅葉見物』             投稿;大桶 誠
2010.11.23 介護と川柳                 投稿;金子健吉
2010.11.14 我が家の掛け軸               投稿;江島正憲
2010.11. 5 古典落語をより楽しむために−11 (江戸の行事) 投稿;須貝義弘
2010.10.27 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その11)   投稿;小田 茂
2010.10.24 アメリカの地方の町             投稿;廣川洋一
2010.10.16 2年かかりの『ルリタテハ』飼育記      投稿;清水有道
2010.10. 8 富士山を雑学散歩する(3)         投稿:砂田定夫
2010. 9.19 『クロアゲハ』の塩水吸水の決定的瞬間を撮る 投稿;清水有道
2010. 9.12 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その10)   投稿;小田 茂
2010. 9. 5 富士山を雑学散歩する(2)         投稿;:砂田定夫
2010. 8.15 支笏湖畔紋別岳ハイキング          投稿;清水有道
2010. 8. 8 富士山を雑学散歩する(1)         投稿;砂田定夫
2010. 8. 1 古典落語をより楽しむために−10 (文月の行事) 投稿;須貝義弘
2010. 7.25 快晴に恵まれ知床半島探勝          投稿;清水有道
2010. 7.18 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その9)   投稿;小田 茂
2010. 7.11  益 子 陶 器 市            投稿;梅原 実
2010. 7. 7 中国上海で「第九」を歌う           投稿;稲垣 貢
2010. 7. 4 古典落語をより楽しむために−9(水無月の行事)投稿;須貝義弘
2010. 6.13 いま、高尾山があつい!           投稿;砂田定夫
2010. 6. 6 蓼科高原をベースに春咲き山野草を楽しむ   投稿;清水有道
2010. 5.29 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その8)   投稿;小田 茂
2010. 5.23  古典落語をより楽しむために−8(江戸の春) 投稿;須貝義弘
2010. 5.16 「ロダン」と「ユトリロ」           投稿;稲垣 貢
2010. 5. 9  古典落語をより楽しむために−7(町奉行)   投稿;須貝義弘
2010. 5. 2 ”「今」、何故ドラッカーなのか ”      投稿;遠藤 実
2010. 4.25 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その7)   投稿;小田 茂
2010. 4.18 「ユニオンジャックの矢」に見る旧大英帝国のしたたかさ 投稿;清水有道
2010. 4.11  古典落語をより楽しむために−6(古から今へ) 投稿;須貝義弘
2010. 4. 4 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その6)   投稿;小田 茂
2010. 3.28  古典落語をより楽しむために-5(米山古墳) 投稿;須貝義弘
2010. 3.21  鴨 の 子 育 て               投稿;檜山湧二
2010. 3.14  古典落語をより楽しむために-4(藩の予算) 投稿;須貝義弘
2010. 3. 7 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その5)   投稿;小田 茂
2010. 2.28  古典落語をより楽しむために-3(正月風景-2)投稿;須貝義弘
2010. 2.14  古典落語をより楽しむために-2(正月風景-1)投稿;須貝義弘
2010. 2.10 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その4)   投稿;小田 茂
2010. 1.27 『往生』に往生してちょっと一言       投稿;清水有道
2010. 1.20  安住神社の大鏡餅             投稿;梅原 実
2010. 1.17  古典落語をより楽しむために-1(江戸時代)  投稿;須貝義弘
2010. 1.13 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その3)   投稿;小田 茂
2009.12.16 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その2)   投稿;小田 茂
2009.12. 9  第43回 神戸OB会            投稿;青木 聳
2009.12. 3 「いろいろな“碑”」を訪ねて(その1)   投稿;小田 茂
2009.11.29  落語を楽しむための裏話(その3/最終回) 投稿;須貝義弘
2009.11.17  森繁久弥さんの想い出            投稿;稲垣 貢
2009.11.15  落語を楽しむための裏話(その2-2)    投稿;須貝義弘
2009.11. 4 “発祥の地”を訪ねて!(その11/最終回)  投稿;小田 茂
2009.11. 1  落語を楽しむための裏話(その2-1)    投稿;須貝義弘
2009.10.28 “鏝絵(左官職人の芸術)”に魅せられて!  投稿;渡辺定彦
2009.10.18  落語を楽しむための裏話(その1)     投稿;須貝義弘
2009.10. 4 “発祥の地”を訪ねて!(その10)      投稿;小田 茂
2009. 9.20  さらにこれからの10年を失わないために   投稿;清水有道
2009. 9.16  2009年ブラインドゴルフ・ボランティア参加 投稿;三橋春夫
2009. 9. 6 “発祥の地”を訪ねて!(その9)      投稿;小田 茂
2009. 9. 3  見事に再生した“フジの花”         投稿:川田 維
2009. 8.30  九州南部の山行を楽しむ(その3/E)    投稿;清水有道
2009. 8.26  最初に剱岳に登ったのは誰か?       投稿;砂田定夫
2009. 8.16  九州南部の山行を楽しむ(その2)     投稿;清水有道
2009. 8.12  佐野市に残る芭蕉の句碑          投稿;須貝義弘
2009. 8. 5  九州南部の山行を楽しむ(その1)     投稿;清水有道
2009. 7.29 “発祥の地”を訪ねて!(その8)      投稿;小田 茂
2009. 7.15 「完全試合」「一球入魂」そして「痛恨のミスジャッジ」 投稿;仲本隆信
2009. 7. 8  小学校の安全パトロールのボランティアに参加して   投稿;秋山暢利
2009. 7. 5 “発祥の地”を訪ねて!(その7)      投稿;小田 茂
2009. 6. 8  第5回水彩風景画展17点の詳細説明(その5E)投稿;清水有道
2009. 6. 5 “発祥の地”を訪ねて!(その6)      投稿;小田 茂
2009. 5.27  『日本一』の“道標”           投稿;土田晃幹
2009. 5.24  第5回水彩風景画展17点の詳細説明(その4)投稿;清水有道
2009. 5.21  シネマ歌舞伎               投稿;小出一光
2009. 5.17 “発祥の地”を訪ねて!(その5)      投稿;小田 茂
2009. 5.10  第5回水彩風景画展17点の詳細説明(その3)投稿:清水有道
2009. 5. 2 “発祥の地”を訪ねて!(その4)      投稿;小田 茂
2009. 4.27  第5回水彩風景画展17点の詳細説明(その2)投稿;清水有道
2009. 4.24  横浜市街に“巨大くも”現れる!      投稿;小田 茂
2009. 4.21  茅ヶ崎春のイベント大岡越前祭       投稿;三橋春夫
2009. 4.15 “発祥の地”を訪ねて!(その3)      投稿;小田 茂
2009. 4.13  第5回水彩風景画展17点の詳細説明(その1)投稿;清水有道
2009. 4. 9 “発祥の地”を訪ねて!(その2)      投稿;小田 茂
2009. 3.22  東京計器と共に昭和を綴って(その13最終回)投稿;野村光雄
2009. 3.14 “発祥の地”を訪ねて!(その1)      投稿;小田 茂
2009. 2.25  東京計器と共に昭和を綴って(その12)   投稿;野村光雄
2009. 2.20  福島信夫三山暁まいり           投稿;白坂正一郎
2009. 2. 8 「相模野基線」を歩く            投稿;砂田定夫
2009. 1.25 「二列目の人生」と「ひとつとなりの山」   投稿;清水有道
2009. 1.18  東京計器と共に昭和を綴って(その11)   投稿;野村光雄
2008.12.17  東京計器と共に昭和を綴って(その10)   投稿;野村光雄
2008.12.13  現在の経済の混乱に思う          投稿;清水有道
2008.12.10 「第42回 神戸OB会」懇親会の模様      投稿;青木 聳
2008.12. 1  干支談義(その12)”始末記”       投稿;内藤文三
2008.11.26 「パラダイス鎖国」などと言っていてよいものか 投稿;清水有道
2008.11. 9  東京計器と共に昭和を綴って!(その9)  投稿;野村光雄
2008.11. 1  干支談義(その11) ”亥”        投稿;内藤文三
2008.10.25 「大人の社会科見学」の旅に参加して     投稿;清水有道
2008.10.16  山名雑話(2)              投稿;砂田定夫
2008.10.12  東京計器と共に昭和を綴って!(その8)  投稿;野村光雄
2008.10. 1  干支談義(その10) ”戌”        投稿;内藤文三
2008. 9.25  高根山から寝姿山へ            投稿;清水有道
2008. 9.10  東京計器と共に昭和を綴って!(その7)  投稿;野村光雄
2008. 9. 1  干支談義(その9) ”酉”        投稿;内藤文三
2008. 8.28  山名雑話(1)              投稿;砂田定夫
2008. 8.17  今年初の山行を九州の三山で        投稿;清水有道
2008. 8. 5  東京計器と共に昭和を綴って!(その6)  投稿;野村光雄
2008. 8. 1  干支談義(その8) ”申”        投稿;内藤文三
2008. 7.20  いま横光利一の「上海」を改めて読んで   投稿;清水有道
2008. 7. 6  東京計器と共に昭和を綴って!(その5)  投稿;野村光雄
2008. 7. 3  ターゲット・バード・ゴルフでメタボを無くす 投稿;吉間忠男
2008. 7. 1  干支談義(その7) ”午”        投稿;内藤文三
2008. 6.27  横浜開港150周年に向けてのイベントを見る  投稿;野村一信
2008. 6.22  仙漉]話                 投稿;清水有道
2008. 6.15  臨終仏教                 投稿;遠藤 実
2008. 6. 8  東京計器と共に昭和を綴って!(その4)  投稿;野村光雄
2008. 6. 1  干支談義(その6) ”巳”        投稿;内藤文三
2008. 5.25  蝶が告げる地球温暖化           投稿;清水有道
2008. 5.11  四国・今治の紹介(第2話その3/最終回) 投稿;三浦弘幸
2008. 5. 4  東京計器と共に昭和を綴って!(その3)  投稿;野村光雄
2008. 5. 1  干支談義(その5) ”辰”        投稿;内藤文三
2008. 4.24  医事に関する契約書            投稿;金子健吉
2008. 4.20  中央アルプスの思い出           投稿;砂田定夫
2008. 4.13  四国・今治の紹介(第2話 その2)    投稿;三浦弘幸
2008. 4. 7  齢(よわい)82歳、元気に活動してます!  投稿;稲垣 貢
2008. 4. 6  東京計器と共に昭和を綴って!(その2)  投稿;野村光雄
2008. 4. 1  干支談義(その4) ”卯”        投稿;内藤文三
2008. 3.23  しかし歌えない「蛍の光」の第3番・第4番 投稿;清水有道
2008. 3.16  四国・今治の紹介(第2話 その1)    投稿;三浦弘幸
2008. 3. 9  東京計器と共に昭和を綴って!(その1)  投稿;野村光雄
2008. 3. 1  干支談義(その3) ”寅”        投稿;内藤文三
2008. 2.24 「中村研一の見た風景」展を見る       投稿;清水有道
2008. 2.17  四国・今治の紹介(第1話 その4)    投稿;三浦弘幸
2008. 2.10  佐野処々(その16/最終回)“鉢之木”  投稿;真木守俊
2008. 2. 8  工学博士の文学賞受賞           投稿;佐藤雅寿
2008. 2. 7  吾妻山で見た”東京計器”         投稿;砂田定夫
2008. 2. 1  新春干支談義(その2) ”丑”      投稿;内藤文三
2008. 1.27 「共育」と「渡米」を考える         投稿;清水有道
2008. 1.20  佐野処々(その15)“大慈寺・慈覺大師” 投稿;真木守俊
2008. 1.13  四国・今治の紹介(第1話 その3)    投稿;三浦弘幸
2008. 1. 1  新春干支談義(その1) ”子”      投稿;内藤文三
2007.12.26  佐野処々(その14)“惣宗寺”      投稿;真木守俊
2007.12.16  四国・今治の紹介(第1話 その2)    投稿;三浦弘幸
2007.12. 9  佐野処々(その13)“佐野の産業”    投稿;真木守俊
2007.11.25  四国・今治の紹介(第1話 その1)    投稿;三浦弘幸
2007.11.20  三途の川紅葉狩り余談           投稿;清水有道
2007.11.18  佐野処々(その12)“越名・馬門河岸”   投稿;真木守俊
2007.10.28  佐野処々(その11)“簗・陶芸”      投稿;真木守俊
2007.10. 7  佐野処々(その10)“秋は楽しく”    投稿;真木守俊
2007. 9.15  佐野処々(その9)“天明鋳物”      投稿;真木守俊
2007. 8.26  佐野処々(その8)“秋口には”      投稿;真木守俊
2007. 8. 5  佐野処々(その7)“お盆のころ”     投稿;真木守俊
2007. 7.15  佐野処々(その6)“江戸時代の佐野”   投稿;真木守俊  
2007. 7. 7  私の宝物(その7/最終回)“5人の孫”  投稿;小川 孝 
2007. 6.24  佐野処々(その5)“室町・戦国時代の佐野”投稿;真木守俊
2007. 6.23  私の宝物(その6)“金属模型とラジコン” 投稿;小川 孝
2007. 6. 3  佐野処々(その4)“越名沼”       投稿;真木守俊
2007. 6. 1  私の宝物(その5)“財布”        投稿;小川 孝
2007. 5.13  佐野処々(その3)“唐沢山 ”       投稿;真木守俊
2007. 5.12  私の宝物(その4)“皐月盆栽”      投稿;小川 孝
2007. 5. 6  映画雑感(邦画編)            投稿;小出一光
2007. 5. 5 “映画とCM”に出演して          投稿;稲垣 貢
2007. 4.21  私の宝物(その3)“鉄道模型”      投稿;小川 孝
2007. 4.13  佐野処々(その2)“みかも山 ”      投稿;真木守俊
2007. 4.13  私の宝物(その2)“狸の置物”      投稿;小川 孝
2007. 4. 8  小出一光さんの菊洸会30周年演奏会を聞く  投稿;小倉洋子
2007. 3.31 「続編」港ヨコハマ“豪華外国客船”の訪れ! 投稿;小田 茂
2007. 3.20  佐野処々(その1)“ 桜 ”        投稿;真木守俊
2007. 3.18  私の宝物(その1)“時計”        投稿;小川 孝
2007. 3.13  御礼の言葉(演奏会を終えて)       投稿;小出一光
2007. 3. 1  コントラクト・ブリッジを始めてみませんか 投稿;野村一信
2007. 2.18  とちぎ歳時記“野焼き”          投稿;宮島俊文
2007. 2. 8  港ヨコハマ“豪華外国客船”の訪れ!    投稿;小田 茂
2006.12.30  マルM会の解散              投稿;野村一信
2006.12.29  大型バイクとツーリング          投稿;木戸雅史
2006.11.11  40周年を迎えた 『神戸会OB会』    投稿;青木 聳
2006.10.26  秋の「三渓園」へのご案内         投稿;小田 茂
2006.10.10  はじめて「テレビ番組」に出演して!    投稿;山田七郎
2006. 9.28 「流量計」今も現役で頑張っております!   投稿;三村直行
2006. 9.15  トキメック剣道部合宿に参加して      投稿;長谷川鐵夫
2006. 8.20  高齢化社会で“青春を謳歌”する!     投稿;関根秀夫
2006. 8. 8  隅田川を画く               投稿;金子健吉
2006. 8. 3  東山魁夷画伯の日記            投稿;三橋春夫
2006. 7.30  とちぎ歳時記               投稿;宮島俊文
2006. 4. 5  旧産業生産管理課 有志          投稿;小出一光
2006. 4. 8  架空請求にご注意ください         投稿;三橋春夫
 

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          話  題  『 よもやま話 』  
2022. 8. 7 岡田 数学ア・ラ・カルト:平行四辺形五等分法
 
数学ア・ラ・カルト:平行四辺形五等分法 武蔵野市 岡田昂三
 
 この度、与えられた平行四辺形を等しい面積の五つの部分に分割する新しい(?)
方法を考案したのでここに報告する。
まず、この方法で五分割した結果を図1に示す。 図1
図1
 この図は、次の手順で作図したものである。
(1) 与えられた平行四辺形ABCDの各辺の、中点を図1に
示すように点E,F,G,Hとし、直線AF、直線BG、直線CH、
直線DEを引く。 
(2) 上記4直線の交点をI,J,K,Lとし、△AID、△BJA、
△CKB、△DLC、および□IJKLの五つに分割する。
 
 この三角形と四角形はいずれも元の平行四辺形の面積Sの1/5、即ちS/5の面積を
もつのである。
図2
図2
 さて、この証明に当たり、小学生にもわかってもらい
たいので、数式を使用せず、代わりに図2に示す緑色の
「網」を使用することにする。
 図に示すように、1目の面積がS/25であり、交点
I,J,K,Lが網の結び目に「のる」ことを確認願いたい。
 
 
 
まず最初に、△AIDの面積 図3
図3
図4
図4
を図3で検討する。
この三角形内の赤ドット部
と青ドット部を図に示すよ
うに移動すると図4の斜線
部を得る。
よって、△AIDの面積はS/5
である。なお、△CKBと
△AIDが合同なので、△CKBの面積もS/5である。
図5
図5
図6
図6
 同様に、△BJAの面積を
図5で検討すると図6の斜
線部を得る。したがって、
△BJAと△DLCは共にS/5の
面積をもつ。
 
 
 
 
 最後に、□IJKLの面積を 図7
図7
図8
図8
図7で検討すると、図8を
得る。したがって、□IJKL
の面積もS/5である。
 
 
 
 
 
 以上で分割された5つの部分が共にS/5の面積をもつことを明らかにできたので、
証明を完了する。
 言うまでもないが、正方形や矩形にもこの技が有効なので、カステラを5人に分け
たい時などに利用願いたい。最後に、相対性理論で有名な Albert Einstein
(1879-1955) の言葉を紹介して筆を擱く。
If you can't explain it to a six year old, you don't understand it yourself.
 
2022.07.17 清水 時代の変遷、世の中の変革と推移をいかに自分の生活にマッチさせるか
 
時代の変遷、世の中の変革と推移を
いかに自分の生活にマッチさせるか 横浜市 清水 有道
 
  筆者の独断と偏見に従えば、この21世紀の特徴の一つは、知識を積み重ねるに伴
い、人間がますます賢くなってきたこと、何よりも食べ物がさらに世界共通化してき
て今までにない味、食材、調理法等の食文化があまねく世界中に見られることになっ
たことだと思う。
他の二つの「衣」、「住」にも同じことが言えるのだろう。実生活面では人間は賢く
なるかも知れぬが、それに反比例して世の中の「豊かさ」に、個人の生活の「満足感」
や「幸福感」が一致しないか、逆に乖離してきているという矛盾にも近い気持ちを味
わうことになって、むしろジレンマに陥っているのではなかろうか。特に列強各国に
比してわが国の特に若年層の受けた印象がこの傾向を如実に示していると言えるだろ
う。”今までになかった無常観や孤独感が人々の心に大きなウエイトを占めるように
なってしまった。”と言ったら大袈裟すぎようか。教育が普及し、労働に費やす時間
の意味も十分理解できるようになればなるほど、個々人は民主と自由へのアプローチ
を思う心地に余裕が出てきて、さらに複雑な人間の心理が表面化した時代と言えるの
だろう。
  重力の世界がはっきりしたために、無重力や真空の領域が新たに開拓されたのだ
し、深海や宇宙についても、これからその利用や運用について手順や方法等々かなり
詳細なルールの策定が必要になってきている。万有引力の法則が発見されて以来、天
体や宇宙の動きには一定の法則があり、常数が存在することが分かって、更にミクロ
の世界への挑戦が楽しまれているのです。
  また、カテゴリーの違うものが同時に議論の場に載せられたり、意味の曖昧な対
比が悠然と日常の会話に登場している。例えば、絵の世界の「日本画」と「洋画」、
音楽の世界の「邦楽」と「洋楽」が良い例だろう。もうそろそろこれらの死語に近い
言葉に代わる言葉が生まれてもよさそうに思うのだが。区別の基準は何か。様式か、
作法か、感性か、描写力か、その時のご都合主義で、曖昧模糊としている。一例を「
伝え方」に取ってみれば、「伝え方」を編み出すスタートには、必ず「集める」とい
う作業があり、それをスクリーンしてエッセンスを見抜き、自分の力や腕に変えて、
表現することが人間の毎日のワークの基本だと思う。
少なくとも筆者はその心構えで今日までを生き抜いてきた、(と言ったらちょっと格
好良すぎでしょうか?!)。
 
  コロナ禍からパンデミックが起こったり、都市や部落・集落のロックダウンが長
く続いたことから、人々の精神状態に重要なモノが失われていく一方では、リモート
ワークやソシアルディスタンスなどから人々の勤務状態、児童・生徒・学生の授業形
態等々に改革や良し悪しを一様には言えないが、明かな変化が見られるようになった。
また、AIの実用化が本格軌道に乗り、知的作業、知的労働共に大きな変革がもたらさ
れようとしている。そして、これら一連の社会的変革に伴う問題点も多く議論される
ようになってきた。
  21世紀は別の視点で見るなら、例えば教育を受ける側と、授ける側のスタンスは
分かれている部分と重なっている部分が交差していたりして、そのアンバランスがか
なり顕在化した世紀と言えるのではなかろうか。今呼ぶところの「地政学」がその最
たるものと言えよう。
かつては、地理、歴史と個別に呼ぶ学問の一つであり、筆者が高校生の頃には、「人
文地理学」と呼んでいた(カバーする範囲は相当異なるが・・・)。筆者の一番好き
な科目の一つであった。学校で教わる学問の領域は狭く、すべての学問領域間の境界
がぎくしゃくしていた。政治と経済は切り離せないし、心理学と医学もだぶり、重な
る部分の方が増えて行く方向にあったし、動植物の生態環境と切っても切り離せない
関係にあるし、複数の学問が協調し(シンクロナイズして、かつハーモナイズして)
初めて成り立つ領域が年々増えてくることを思わずにはいられない。
  これらの中で、突出している一つの現象を捉えるなら、地政学(ジオポリティク
ス、Gio-politics)に関わる議論ではなかろうか。根拠を挙げることが必ずしも簡単
ではないために、どちらが先とは言えないが、時を同じくして進められたロシアのウ
クライナ侵攻、中国の東・南シナ海への基地増設による進出、台湾海峡の脅威等々の
世界の激震に鑑みてか、これから先を知るための「地政学」に関わる読書案内やいま
世界で起きていることを若い世代から、あるいは家族ぐるみで学習しようという試み
が強くなり、連日新聞紙上を賑わしている。識者は競って自ら書き進めると共に、現
在本屋の店頭に並んでいるものの中から良書を選別し、薦めている。わが国の人口比
で見ても、戦争を知らない世代の国民が大半を占めるようになった。そこで折角の新
しい「地政学」を通して世界の主要国の立ち位置を学び直し、わが国の進む方向を正
しく求め直す時期ではなかろうかと思う。地政学を新しく学んで、ロシアのウクライ
ナ侵攻の背景やプーチンロシア大統領の説く”ロシアの戦争の正義”が何故に導き出
されたのか、プーチンがウクライナの大統領を”ネオナチ”と弾叫し、天敵として正
義の裁きをしていると言うが本当に認められるか、こういう正義の解釈が認められる
のか、真剣に考える時期だろう。
 
  上記に参照したプーチンのウクライナ侵攻を”ネオナチ”討伐の正義とした言い
分に鑑み、この連休中に東大の卒業年次が丁度5年違う中野信子さんと三浦瑠麗さん
の対談形式による共著「不倫と正義」(新潮新書)を読んだ。その結果として、筆者
には「正義」なんて本当に存在するのだろうか。どういう風に現れているのだろうか。
とても腑に落ちない。それは自己保身のための体(てい)の良い言い逃れではないの
か?今でもそういう疑念の方が強く感じられてしまうのである。
  お二人の議論を読んでも正直若干消化不良気味と本音の読後感を禁じ得ない。そ
れと言うのも「正義」の定義というか、解釈がいま一つ納得できず、未だに筆者の思
いは、「正義」なんて本当に存在するのだろうか。どういう場にどういう風に実在す
るのだろうか。いま一つ疑問が潰(つい)えない気持ちが修まらない。多分、平素筆
者が常識として身に着けている解釈による「正義」や「戦争」、「国境」や「人種」
の考え方、もう一歩進んで突っ込めば、考え方それ自体、或いはベースの常識すら糺
さなければならないのかも知れない。こうなればこれ以上書き進めることもできない
ので尻切れとんぼの誹りを免れないが一先ずペンを擱こう。
 
  今回は非常に厄介なサブジェクトを選んでしまった。これも気象やコロナ等の生
活環境の変化、一方には政治や経済の不安定な動きがあって、心安らかに平凡に毎日
をおくることが意外に難しくなってきてしまったのかも知れないと思う。これ以上余
計なことは出来れば遠慮したいのだが、残念でならない。
                                     了
               2022年5月8日(日) 長い連休最後の日に  記
 
2022.07.03 清水 座右の銘にまつわる随想
 
座右の銘にまつわる随想 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 今はあまり習慣もなく、従って個人として自ら「自分の”座右の銘”は・・・」な
どと話しの中に参照したり、書き物として紹介する人も多くないかもしれない。筆者
も滅多に書き物や話しの題目に”座右の銘”に触れることは殆どしてこなかった。し
かし、父親が国漢(日本本来の国語と漢詩・文の意)と地理(現在は「地政学」と呼
ぶらしい)を専攻した学校の先生であったことと高校時代のホームルームの担任教諭
が2年と3年の2年間同じ国漢の先生であったため、漢文や漢詩に他ならぬ親しみを
感じ、自らの座右の銘として「更上一層楼」を使わせてもらい、何時でももう一層上
を、もう一段上を目指そうと心に誓ってきて、今でも自分の書斎の床の間にこの座右
の銘の出典である唐の詩人王之渙の「登鸛鵲楼」{(カンシャクロウ)に登る}の詩
を立派な額装にしてもらい架けている。これは、筆者が台湾を訪ねた際、その時台北
で一番の書家と言われた人に頼んで、「清水有道訪台記念」としてしっかりした大き
な和紙に書いてもらい、帰国後知人である日展系の絵画集団「東光会」の重鎮であっ
た故江藤哲さんの親戚の人が経営する額縁表装を専門とするお店にお願いして額装し
てもらったのでした。
 
2.王之渙の詩「鸛鵲楼に登る」
 ではこの王之渙の漢詩について少し書いてみよう。有名な漢詩であるから、ご存じ
の方も多いことと思うが、しばしお付き合いください。
 
 登鸛鵲楼    王 之渙  鸛鵲 楼に登る  
 白日依山尽         白日山に依りて尽き
 黄河入海流         黄河海に入りて流る
 欲窮千里目         千里の目を窮めんと欲し
 更上一層楼         更に上る一層の楼
 
 鸛鵲楼(カンジャクロウ)は黄河の中洲に建てられ、
コウノトリ(中国の漢字では”鸛”)やカササギ(中国
の漢字では”鵲”)が巣を掛けたため、そのように呼ば
れた。後に黄河の氾濫で水没し、改めて今の山西省永済
県の西の黄河を見下ろす蒲州城(ホシュウジョウ)の城
壁の西南隅に建て直された三層の楼のことである。
詩の意味は、題名は「鸛鵲楼に登って」頭上の太陽が西
の山にもたれるように沈み、眼下の黄河が東海に入って
もさらに流れ続ける。そんな光景を心に描き、千里のかなたの眺望をこの目に極め尽
そうとして、さらにもう一階上へと、楼を登ってきた。となる。
以上筆者の蔵書である東京教育大学名誉教授 鎌田 正監修、東京教育大学(現筑波
大学)で鎌田先生の薫陶を受けた田部井文雄、高木重俊両教授著の「漢文名作選 3
漢詩」(昭和59年5月大修館書店刊)の訳文を引用させていただいた。
 話は違うが、余興としてよく漢詩に謳われる長江(揚子江)沿いの武漢市内にある
黄鶴楼には度々訪れたが、残念ながらこの鸛鵲楼には訪ねたことがない。
 これまた余談になるが、筆者は貧乏性に生まれついたのであろうか、常に欲張りで、
もう一つ、あるいは、もう一杯の気持ちが捨てられず、漢詩の中でもさらにもう一つ
とか、もう1回とかを求めたり、勧めたりするものがたくさんあるが、その中でも唐
の詩人王維の「元二の安西に使いをするを送る」と題する次の漢詩が好きである。
 
 送元二使安西  王維    元二の安西に使いするを送る
 渭城朝雨*邑軽塵       渭城(イジョウ)の朝雨を潤す
 客舎青青柳色新       客舎(カクシャ:旅館のこと)青々(セイセイ)
               柳色(リュウショク)新たなり
 勧君更尽一杯酒        君に勧む更に尽せ一杯の酒
 西出陽関無故人        西のかた陽関(ヨウカン)を出でなば故人無からん
               *事務局注:「邑」は正しくはサンズイが付きます。
 
 この訳文も上記の本の中の文を引用させていただくと、題名「元二が安西都護府へ
使者として旅立つのを送って」 渭城の朝の雨は、街道の土ぼこりをしっとりと落ち
着かせ、この旅館のあたり、柳は青々と鮮やかな色を取り戻した。
さあ君よ、もう一杯ぐっと乾したまえ、西に進んで陽関
を出てしまうと、もう杯を交わす友はいないのだから。
となる。筆者が好きなのは、「勧君更尽一杯酒」の七言
で、「更に尽くせ一杯の酒」は機会あるごとに引用して
使わせていただき、時には会費の要らない飲み会の席な
どで、「更に尽くせ一杯の無料の酒」などと散々に悪用
までさせていただいた。メートルが上がってから友人何
人かと大声で”無からん、無からん、故人無からん”を
何回も繰り返したことを青春時代の思い出として、今でも時々思い出すのである。
詩吟の斉唱に語呂が合って唄いやすかったということでしょう。実際にこの詩の吟詠
に当たっては「陽関三畳」という言葉が出来たくらい、「畳」の意味は「繰り返すこ
とで」陽関の詩は三回繰り返して歌うことが習慣として残されたのだそうである。そ
れほどに最後の別れにも似た杯を交わしたのであろう。七言絶句全てを三回繰り返す
のはやはり大変なので、第四句すなわち、最後の七言を三度繰り返してその代わりと
したようである。その意味では筆者も仲間も道理に適ったことをしていたのだと改め
て満足し、安堵したことであった。因みに、「陽関」とは、今の甘粛(カンシュク)
省敦煌(トンコウ)県の西、玉門関の南にあった関所で、いわゆるシルクロードの一
角をなす地帯で、この関所を出てしまえば文化果つる砂漠の世界となるところである。
 
3.おわりに
 終活の整理をしていたら、大切に保管していた上記に参照した国漢のクラス担任の
先生からいただいた筆者の暑中見舞いへの返事が出てきたので、それをご披露しよう。
それは高校生最後の年の夏に、父の郷里、筆者の戦時中の疎開先の福井県を訪ねた際
に現地から出したはがきへの返事である。
 「福井から黒い顔と充実した頭とを持って帰京されることを期待す。僕は概して東
京に籠城して忙しい日々を送っています。
 自愛安閑忘寂莫、  (筆者の読み崩しでは、「自ら安閑を愛し、寂莫を忘る、
 天将強健報清貧              天強健を将(モ)って清貧に報う。
                               (梅田雲濱)」
先日雲濱の書を見て印象に残った句です。」はがきにこれらの文字が行数にして8行
書かれているだけのものでしたが、貰った当時最高に感激し、ある意味で一人の人格
者、同好の士として扱われていることに感涙したのでした。特に以下の3点に筆者の
関心は集中していました。
 1.先生が対等に”僕”は、と書かれていること。
 2.大学受験の3年生の夏にのんびり旅行などしていたのにそれを直接言わず、
  「充実した頭」で暗示されて、逆に一発強烈パンチを浴びた思いがしたこと。
 3.さすが漢文の先生だけあって、自分の動静を梅田雲濱の書の中の七言絶句2句
  を使って代行表現されていること。
 先生があまりにも懇切に一生徒である筆者に対して心からの挨拶をされているよう
で嬉しかった、というのが偽らざるその時の気持ちでした。厳しい先生でしたが、筆
者の文章表現を賞賛して下さった先生でもあり、在校生代表として卒業生を送る言葉
を作るよう勧めて下さった先生でもあった。眞の恩師の一人である。思えば68年前の
こと、本当に”昔は遠くなりにけり”、である。
                                     了
                        2022年4月9日(土)   記
 
2022.06.19 清水 現在までの歴史上の俳人の名句
 
現在までの歴史上の俳人の名句 横浜市 清水 有道
 
1.プロローグ
 昭和21(1946)年生まれで、日本文化や東洋思想に造詣の深い講談社インターナシ
ョナル社の編集長を務められている倉持哲夫氏が主宰されている”名言名句探究会”
の編集で、2022年2月に第1刷が刊行された「名言名句で読む日本人の歴史〜一日一
言の教養」を偶然書評で読み、大変興味が湧き、3月に筆者の85歳の誕生日記念にと
買い求め、一気に読み終えた。
 同書では、時代区分を大きく次のように四つに区切って、それぞれI.神代・古代で
45人、II.中世で61人、III.近世で95人、最後のIV.近代・現代で123人の計324人を載
せている。
 一日一言で一年365日分には若干少ないが、今後の続版の修正分に幅を持たせてい
るのであろう。因みに、神代の最初の5人には素戔嗚尊(スサノオノミコト)、聖徳
太子、額田王(ヌカタノオオキミ)、柿本人麻呂、山上憶良、最後の締め括りの5人
には、水木しげる、三島由紀夫、草間彌生、稲盛和夫、美空ひばりが取り上げられて
いる。
2.採用されている俳人14人の名句
(1) 中世からの代表1人
  俳句が登場するのは、(中世)室町時代に連歌(レンガ)が起こって連歌師が誕
  生することから始まるので、II.中世区分に属する84日目が最初である。 以下俳
  句の現代語訳を(括弧)内には、この本の紹介されている編纂者の文章のままを
  載録している。
  *84日目に載せられている連歌師の心敬(シンケイ)、天台宗の僧侶の歌
   「くもる夜は 月に見ゆべき 心かな」
   (曇っている夜は心から月を待ち遠しく思うものだが、その心の深さが月に知
    れてしまうことだ)。
 (2) 近世から6人
  *141日目 松尾芭蕉
   「野ざらしを 心に風の しむ身哉」
   (途中で行き倒れて白骨を野辺にさらす覚悟で旅立つ私だが、秋風が心にしみ
    入ることよ)。
  *147日目 上嶋鬼貫(ウエシマ オニツラ】 東の芭蕉に対して、西の鬼貫と
    言われた。
    紀行文、随筆、俳論、連句で名を馳せた。参考までに、正岡子規の高弟、河
    東碧梧桐(カワヒガシ ヘキゴドウ)が鬼貫の忌日の「鬼貫忌」を秋の季語
    としている。
   「こころにて 顔にむかふや 玉まつり」
   (真心を込めて、亡き人の顔を思い浮かべ、心で向かい合っている魂祭(タマ
    マツリ)であることよ)。
   「今の心 是こそ 秋の月」
   (今の私は、晴れ晴れとした心そのものである。その心で見る月は、見事なま
    での秋の月である)。
  *153日目 加賀千代女(カガノ チヨジョ)
   「百生(ヒャクナリ)や 蔓(ツル)一すじの 心より」
   (多くの実をつける瓢箪が一本の蔓に生(ナ)るように世界は一つの心から生
    まれ、心は何よりも大切である)。
   「朝顔に 鶴瓶(ツルベ)とられて もらひ水」の句は、今では有名な誰でも
    知っている芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」に次いで、日本で最も知
    られた句として海外にも紹介されている。
  *156日目 与謝蕪村
   「うつつなき つまみごころの 胡蝶哉」
   (私の魂が抜け出ていき、あたかも美しい胡蝶が舞い下りてきて、草葉にとま
    って、それをふんわりと飛んでいるかのような夢心地であることよ)。
    この句は、荘子が夢で胡蝶となる有名な「胡蝶の夢」の寓話を下敷きにして
    いるそうです。
    他に、
   「ゆく春や 重たき琵琶の 抱ごころ」
   (春が去りゆく日に琵琶を久しぶりに抱くと、その感触に心が引かれるのを覚
    えることだ)。
   「冬ごもり 壁をこころの 山に倚る」
   (冬ごもりで、壁を背にもたせかけていると、山に寄りかかったように心が落
    ち着くことだ)。  
    この句は、芭蕉の
   「冬籠り またよりそはん 此のはしら」という句を踏んでいる。他に、
   「裾に置いて 心に遠き 火桶かな」
   (寒い冬に、火桶を裾に置いて手をあぶっているのだが、心はいつまでたって
    も暖まらない)が載せられている。
  *175日目 江戸琳派の祖、酒井抱一、絵師であると同時に俳人としても有名で、
   「はつ秋の 心に高し 空の鳶(トビ)」
   (夏が過ぎて、待ちこがれていた秋が訪れてきた。大空高く、悠然と舞ってい
    る鳶の姿を目にすると、私の心にまで気高く、雄大に感じられることだ)。
  *176日目 小林一茶
   「長き夜や 心の鬼が 身を責る」
   (何と長い夜であることよ。良心がとがめて自分を責めている、この私である)。
    他に、
   「鳴雲雀(ナクヒバリ) 水の心も すみきりぬ」
   (春になって、空には雲雀がさえずっている。その下では、澄み切った水が流
    れていて、私の心も澄み切っている)と、
   「秋の風 一茶心に 思うやう」
   (秋の風が吹いてきたではないか。それはまさに一茶が心に思っていたような
    秋の風である)の2首が紹介されている。
 (3) 近代・現代から7人
  *225日目 正岡子規
   「行く春の もたれ心や 床柱」
   (春が今過ぎ去っていこうとしている。部屋の床柱にもたれかかって、名残を
    惜しむ心を、どうにかして支えようとしている私である)。
   他に以下の2首を載せている。
   「書置きの 心いそぎに 明け易き」
   (不穏な思いが入り交じった文章を、心がいらだって書き置いていたため、夜
    が明けるのが早く感じられることだ)。
   「稲妻に 心なぐさむ ひとやかな」
   (稲妻が鳴っている。ふだんならば心を驚かされるその雷鳴に、なぜか心が慰
    められる一夜を、私は過ごしている)。
  *251日目 型にはまらない「自由律俳句」で知られた種田山頭火
   「凩(コガラシ)の ふけてゆく澄んで くる心」
   (年も押しつまり、凩の中でだんだんと心が澄み切っていく自分がいる)。
    さらにもう一首
   「こころおちつけば 水の音」
   (庵中に独座して心を落ち着けていると、静かに時間が流れ、水が流れる音が
    聞こえてきた)を紹介している。
  *258日目 大正ロマンを代表する画家で詩人の竹久夢二
   「春寒し 恋は心の 片隅に」
   (春になってもまだ寒い。ほのぼのとした恋は、まだ心の片隅に置いたままに
    しておこう)。
   他に、
   「うれしさの 心を閉す 羽織の緒」
   「白菊や 心曇りて うつらつら」
   「柳ちる 女心に よりかかる」が紹介されている。
  *259日目 自由律俳句で知られ、孤独に歩んだ漂白詩人の尾崎放哉(オザキ 
    ホウサイ)の「心」を読み込んだ2首、 
   「うつろの心に 眼が二つあいている」
   (心がうつろのまま過ごしていると、両眼が冴えてきて、虚無の空間をじっと
    見据えている私である)と、。
   「心をまとめる鉛筆尖らす」
   (いろいろなことが起きて混乱している、自分の心の中を、無意識に整理しよ
    うとしているのだろうか、私は今、ただ黙々と鉛筆を削って、心を尖らせて
    いる)を挙げている。
  *283日目 小説家で「餓鬼」という俳号を持って俳句を愛した芥川龍之介の良
   く知られた句、
   「元日や手を洗ひおる夕ごころ」
   (特別に華やかな日である元日も、ふだんと同じように手洗いの水を使ってい
    ると、夕方の気配の中に、一日が暮れていくことを実感し、しみじみとした
    心持になっていることだ)。  
 
  *297日目 山口誓子(ヤマグチ セイシ)
   「炎天の 遠き帆やわが こころの帆」
   (真夏の焼けつくような暑い空の下で、遠い沖を航海している、一艘の白い帆
    が目に浮かんできた。遠い沖で寂しげに浮かんでいる、この白い帆は、私の
    心の帆にほかならない)。
   山口誓子は水原秋櫻子とともに新興俳句運動の指導的存在となったと紹介され
   ている。
  *303日目 加藤楸邨(シュウソン)
   その水原秋櫻子に師事した俳人。楸邨の第六句集「野哭(ヤコク)」に収めら
   れている句
   「鉄壁の 心の隙に 風鈴鳴る」
   (私の心は鉄の壁を作って他人を寄せ付けないのだが、その心の隙に風鈴がや
    さしく鳴った)
   ともう一首、同人の第一句集「寒雷」の中の句
   「颱風の こころ支ふべき 灯を点ず」
   (台風が襲ってきて、その勢いが強くなってきた。激しい台風に負けない心を
    支えようとして、心に灯をともした私である)。
    楸邨の門下にはあの金子兜太、森澄雄がいることも伝えている。
    結局、俳人として名句が採用されているのは、全部で以上の14名のみに限
    られている。 
3. エピローグ
 筆者は最近流行っている”一日一頁”とか”一日一人”、あるいは”一日一行事”
というように、本としてはかなり分厚いものになるが、毎日一頁や多くても2〜3頁
ぐらいずつ読み進んで、一年足らずで、通常の方法では身に着けられない知識や常識
を結果としてかなり勉強し、自分のものにすることができる本を何冊か手にしている。
読み始めてから1ヶ月も経たぬ内に読み終えてしまうのだが、一応の満足は味わって
きた。
 今回は自分の好きな文学者や政治家、実業家等神代(カミヨ)から現在までの歴史
上の人物を幅広く理解することの大きな助けを得た思いで、大満足だった。
 名言・名句のは幾つかは、後世に残る言葉となったり、格言や流行語にもなって、
各界の後輩への遺産・遺言になっていると思う。常に口の端に乗せるに足る特定の言
葉の一つや二つは、是非持ちたいものだと思うが、筆者の場合、とき既に遅しである。
ここで、恥ずかしながら紙面汚しの下手くそな近作俳句を、四季各一首ずつ並べてペ
ンを擱くことにしよう。
 *胡蝶舞う 菜の花畑に 絹の雨
 *白波に たわむれ遊ぶ 孫嬉し
 *もみじ葉を 穿つ日輪 時雨虹
 *雪山嶺 群れ飛び遊ぶ 秋あかね
                                     了
                         2022年3月27日(日)  記
 
2022.06.05 清水 「人新世」と「プレ・シンギュラリティ」の到来
 
「人新世」と「プレ・シンギュラリティ」の到来
横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 今回このエッセイの表題に選びました「人新世」と「プレ・シンギュラリティ」と
は直接何の関係も繋がりもありませんが、今までになかった急激な変化を迎えねばな
らない事柄として、どちらがより重要であろうかは、筆者の軽薄な頭脳では判断でき
ませんでしたので、同列に扱って議論してみたいと思いました。筆者の今までの仕事
の経験と専門とした範囲では相当に難しい内容でしょうが、関心の高い卑近な事柄の
トップツーについてどうしても取り上げたい気持ちに押されて進めてしまいました。
 
2.「人新世」とは
 「人新世」は”ひとしんせい”と読みますが、英語では”Anthropocene”と綴られ
ます。この言葉は人類、人類学を表す連結形の単語”Anthropo-”に”新しい(new)”、
”最近の(recent)”を表す連体形の単語"-cene”がくっついて、”Anthropo-cene
(新しい人類の時代)”と呼べる新しい言葉ができています。実はこの言葉は、ドイ
ツのノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェル博士が名付けた言葉なのです。同
博士は人類の経済活動が地球に与える影響があまりに大きいため、地質学的に見て、
地球は新たな時代に突入したと言い、人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆い尽
した年代という意味を持たせて、このように呼ばれたのです。
 実際に地表は、ビル、工場、道路、農地、牧場、ダムなどが覆い、埋め尽くし、海
洋には分解されないプラスチックのゴミが大量に浮遊しています。人工物が地球を大
きく変えています。その中でも、近年飛躍的に増大しているのが、ご承知の大気中の
二酸化炭素(Co2)です。Co2ガスは温室効果ガスで、地表から放射された熱を吸収し
て、大気を暖め、お陰で人間は地球上に住み、生活を続けることができてきました。
 ところが、人間があまりに多くの石炭や石油などの化石燃料を使い過ぎた結果、膨
大なCo2ガスを排出してしまい、地球の温暖化が限度を超えて、人間の生存を危うくす
るところにまで来てしまいました。因みに、産業革命以前には280ppmであった大気
中のCo2濃度は、2016年では南極でも400ppmを超えるまでになっています。この変
化は400万年ぶりの変化に相当し、具合の悪いことに、その後も増え続けています。
参考までに、400万年前の時代は地質学上では、「鮮新世(せんしんせい)、英語では
”Pliocene”と綴り、分類上の期間は約500万年前〜238万年前を指しています。
 近代化による経済成長は、人間の豊かな生活を約束するものであった筈が、今や逆
に人類の繁栄を根底から切り崩すことになりつつある事実をどう受け止めるかという、
人類のこれからの対応が試されているのです。地球上の私たち庶民の多くは、これま
での生活を失い、どう生き延びれば良いのか、個人で考える領域を超えてしまってい
ます。
 そこで、国連の高等弁務官を務められた緒方貞子さんが提唱されたように、筆者に
は特に人新世にあっては、国家間の安全保障のみならず、それ以上に各国の国民個人
個人の安全保障こそがしっかり守られなければならないと強調されたことの意味が大
きいと強く思い起こされるのです。一握りの富裕層と庶民の殆どが過去よりも難しい
生活を強いられるような、底辺社会との極端な二極化時代になってしまいましたが、
これをいかに改善して人類がこれからも?栄できるように導くかは、地球上の為政者や
科学者の大きな挑戦課題となったのです。
 
3.「プレ・シンギュラリティ」とは
 人工知能(略称AI=Artificial Intelligence)の分野での世界的権威レイ・カーツ
ワイル博士が2005年に発表した著作”The Singularity in Near”の中で、もう既にコ
ンピュータの集積度が人間の頭脳を超えた技術として機械による翻訳の内の「リアル
タイム翻訳」と「アルファ碁」があると紹介され、前者ではカメラを向けただけで自
動的に瞬間処理される事実、後者では碁の名人がコンピュータに勝てない事実が証明
されています。このようなAIが人間を追い抜く、いわゆる「技術的特異点」と呼ばれ
るシンギュラリティが遅くても2045年にはあらゆる分野に見られるようになるであろ
うと予言され、その際その原動力となるエクスポネンシャル(Exponential)なテクノ
ロジーの指数関数的な進化が30年後には起きると予見された。このカーツワイル博士
の著作の完全な日本語訳は未だ出版されていませんが、エッセンスは邦訳題名「シン
ギュラリティは近い」として2016年にNHK出版から紹介されています。同博士は博士号
だけでも20以上持っておられ、発明品もオムニ・フォント式OCRソフト、フラットヘッ
ド・スキャナー、「K250」シンセサイザー、文章音声読み上げマシーン等々多数が既
に人口に膾炙されています。また、テクノロジーに関しての未来予測の精度も80%を
超えると評価されている由です。
 さて、ここで取り上げたプレ・シンギュラリティ(Pre Singularity)は、日本の
スーパーコンピュータ開発の第一人者である齋藤元章(モトアキ)氏が2020年代にコ
ンピュータの集積度が人間の頭脳を超えることは間違いないであろうと予見され、自
著「エクサスケールの衝撃」(PHP研究所刊)の中で、このコンピュータの集積度が人
間の脳を超える時点を、前特異点(プレ・シンギュラリティ、Pre Singularity)と
命名された。氏の予見に従えば、少なくとも10年以内には、人間はこのプレ・シンギ
ュラリティを生活の中で体験することになるのです。果たして現在の人類の政治、経
済、学術、教育、技術、生産等々のシステムが上手く改善され、置換されるでしょう
か。10年を待たない短期間に制度や組織を移行する態勢に乗り遅れずに実行可能でし
ょうか。筆者には大いなる不安が付き纏いますが・・・。
 因みに、カーツワイル博士がシンギュラリティの原動力とも言えるエクスポネンシ
ャルなテクノロジーの進化はコンピュータやAIだけの問題ではなく、これからの人類
の進化にもっと大きな影響をもたらし、現在の生活を劇的に変える以下の三つの革命
を挙げておられます。
 *第一はジェネティクス (Genetics)革命、遺伝学上の革命
 *第二はナノテクノロジー(Nanotics)革命、3Dプリンターの究極の形、原子プ
                   リンターの実現
 *第三はロボティックス (Robotics)革命、ナローAIからストロングAIへ「人間
                   よりも優れたロボットをつくる」ことで、
これら三つの革命をそれぞれの英語のスペルの頭文字を取って「G.N.R」革命と総称さ
れます。これらの革命が実現する過程で、エクスポネンシャルな進化を理解するため
に、次の6つのDを頭文字に持つ事象が連鎖反応的に起こるので注意を怠らないことが
必要であると言われます。
(1)ディジタル化(Digitalization) アナログ化が完全に否定される
(2)潜行    (Deception)   表面化した状態で進められるとは限らない
(3)破壊    (Disruption)   従来のシステムが壊される
(4)非収益化  (Demonetalization)必ずしも収益が上がる方向とは限らない
(5)非物質化  (Dematerialization)形のあるものに変化するとは限らない
(6)大衆化   (Democratization)一部に人々のみに通用するものはなくなる
 蛇足になりますが、予測通りシンギュラリティが起こるであろうと信じている人た
ちのことを一括りにしてシンギュラリタリアン(Singularitalian)と呼ぶのだそう
です。筆者も生命の尽きる前に是非ともシンギュラリティが起こったことを自分の目
で見、自分の身で体験し、是非ともシンギュラリタリアンの一員になりたいものと思
わずにはいられません。
 
4.おわりに
 SF やサスペンス小説の世界では、既にシンギュラリティが実現し、車に限らず、
あらゆる乗り物が運転手や操縦者なしの自動運転で賑やかに扱われています。これら
の世界ではお陰でSFやサスペンスの材料には事欠かず、作家には創作の範囲が大きく
広がって活躍の場が新しく生まれたにも等しい受け止められ方をされていることでし
ょう。ドローンの活躍の場もいろいろ思い描けるように思います。しかし、これらは
あくまでフィクションの世界の話で、現実の世界の話になれば、簡単ではないはずで
す。上述しました幾つかの実現までの過程に当たる諸現象や対応に自ら携わることが
適わずとも、できる限り近距離で静かに観察しようと思います。                                                     
                                    了
    2022年未だコロナ禍の近未来の動静も見極められない2月の最終日に記す
 
2022.05.16 清水 原田マハ万歳&礼讃             
 
原田マハ万歳&礼讃 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 ”晴れ晴れとした夏空が大運河(グランド・キャナル)の彼方に広がっている。
たっぷりした翡翠色の水を分けながら、大勢の人々を鈴なりに乗せた水上バス
(バボレウト)が進んでいく。水上を行き交う小型船に交じって、幾艘ものゴンドラ
が揺れている。
 そう、ここは水の都、ヴェニス、私はいまから、現代彫刻の巨匠、アルベルト・ジ
ャコメッティに会いにいくのだ。
 この文章は、筆者の大好きな作家原田マハの「擬態」と題する芸術家20人を紹介す
るエッセイの5つ目のコンタクトであるアルベルト・ジャコメッティについての文の
書出しの数行である。これら20名の著名文化人の紹介分は「20 CONTACTSー消えない
星々との短い接触」として、2019年8月に幻冬舎から出版され、2021年8月5日に同
じ出版社から文庫の初版が出されている。ごく自然な滑り出しの文で、静かに誘って
くれる大芸術家20人とのコンタクトには然したる緊張感を持つことなく、一緒に会い
に行き、会話し、作品を鑑賞できるような気持ちにさせられる他にあまり例のない試
みとして非常に度胸のある取り組みをされたものと驚くと同時に、祝福を禁じ得ない
作品となっている。
 
2.原田マハの著作「旅屋おかえり」について
 原作は集英社のWEB文芸誌「レンザブロー」に2009年9月号から2010年12月号まで
連載され、2012年4月に集英社から単行本として出版され、2014年9月に集英社文庫
として刊行された。筆者はごく最近2021年11月の第27刷で読む機会を得た。
 この物語は、身体が動かせず、自分では旅ができない 表紙 「旅屋おかえり」
表紙 「旅屋おかえり」
人に代わって、旅を請け負って歩くことを仕事とする
「旅屋」という特異な思い付きを題名にした、原田が著
した小編シリーズの「旅屋おかえり」は本当にユニーク
な読み切り小説シリーズである。筆者がまったく気付か
ないうちに、NHKでテレビドラマ化され、「ちょびっ旅」
として偶然2022年1月29日(土)のNHK・BS3チャンネ
ルから11:00〜11:30amで秋田前編を、11:30〜12:00am
で秋田後編として原作の最初の部分、主人公丘えりかが角館と乳頭温泉郷の玉肌温泉
に旅する部分を偶然見る機会ができた。旅をする主人公の芸名は”丘えりか”、32才
の売れ残りタレント、彼女の仕事が旅屋と一つの略称になって”おかえり”、「旅屋」
は彼女の最後の仕事という設定となっている。
 書き出しは、”気がつくと、今日もまた旅をしている。旅が好きだ。「移動」が好
きなのだ。移動している私は、なんでかとてもなごんでいる。頭も心もからっぽで、
心地よい風が吹き抜けていく。(中略)私の職業はタレント、旅するタレントだ。
旅とご当地グルメがテーマの旅番組を、レギュラーで持っている。レギュラーはその
一本きり。だけど、大好きなことが仕事になっている事実を思い出すたび、どこかに
いる神さまに感謝したい気分になる。”とあり、どこか威勢の良さが感じられ、筆者
はてっきり男性が主人公の話だと思って読み出したら、どうして、どうして主人公は
繊細な心を有し、依頼人の思いを代わって実現してあげたいという健気ながら熱い心
を持った女性の話であった。著者原田マハの素顔が素直に写し出されていて、彼女の
心情を余すところなく伝えてくれる内容となっており、読後感を一言で表すとすれば、
尚更心地良さを感じたと言えよう。
 旅の依頼人には、いろいろな歴史があり、心温まる話、あまり大ぴらに出来ぬ話、
涙を誘う話、親子の愛を証明する話等、請け負った旅を通じて希望が成就するのを知
るのが、話の筋になっているが、恥ずかしながら筆者は思わず目頭を押さえる場面を
何度も持ったのだった。
 
3.筆者の原田マハ著書読書歴
 筆者が作家原田マハを知ったのは、平成13(2001)年3月に集英社から刊行された
「ジヴェルニーの食卓」を読んで以来である。この本の文末の解説で、彼女が美術館
のキュレーター(Curator, 日本語では学芸員)出身の小説家で、従って題材に外国の
著名な絵描きにまつわるものが多いと知らされたのでした。その後、2015年10月に
「楽園のカンヴァス」(新潮文庫)、2016年3月に「暗幕のゲルニカ」、12月に「モ
ネのあしあと」(幻冬舎新書)、「デトロイト美術館の奇跡」(新潮社刊)、「異邦
人」(PHP研究所刊)、「The Modern モダン」(文芸春秋社刊)、2017年に「SALOME
サロメ」(文芸春秋社刊)、「いちまいの絵、生きているうちに見るべき名画」(集
英社新書)、「たゆえども沈まず」(幻冬舎刊)、2018年に「スイート・ホーム」
(ポプラ社刊)、「フーテンのマハ」(集英社文庫)、2019年に「ロマンシェ」、
「常設展示室」(新潮社刊)、「原田マハの印象派物語」(新潮社とんぼの本)、
「消えない星々との短い接触」(幻冬舎刊)、「風神雷神(上)、(下)」(新潮社
刊)、2020年に「<あの絵>のまえで」(幻冬舎刊)、「あなたは誰かの大切な人」
(講談社文庫)、「現代アートを楽しむーー人生をゆたかに変える5つの扉」(高橋
瑞木との共著、祥伝社新書)、「ゴッホのあしあと」(幻冬舎文庫)、2021年に「キ
ネマの神様、ディレクターズ・カット」(文芸春秋社刊)、「リボルバー」(幻冬舎
刊)、「いちまいの絵」(集英社新書)、「アノニム」(角川文庫)、「総理の夫」
(実業之日本社文庫)、冒頭に紹介した「20 CONTACTS 消えない星々との短い接触」
(幻冬舎文庫)、そして、2022年に入って「今日はお日柄もよく」(徳間文庫)、
「丘の上の賢人」(集英社文庫)、と今までに刊行された文芸単行本、新書、文庫の
ほぼ全冊を読んでいると思う。いつも次作を心待ちにしている。
              原田マハ万歳!!!                                                    
                                     了
            2022年2月11日(金・祝日「建国の記念日」に)   記
 
2022.05.08 砂田 日本史ミステリーの森へ(2)
 
日本史ミステリーの森へ(2) 相模原市 砂田 定夫
 
 前回は古代史におけるミステリーとして「邪馬台国はどこにあったか」と題する問
題に取り組んだ。今回は時代が中世まで下ってから起こった、日本史上最大のミステ
リーといわれる「本能寺の変」について取り上げることにする。
 
 【戦国篇】「本能寺の変」の真因は何だったのか
 
1.はじめに
 日本史最大のミステリーが戦国時代の日本に起こった。天正十年(1582)6月2日、
いわゆる本能寺の変である。一昨年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で一躍戦国武将・
明智光秀の名はお茶の間でも話題になった。天下統一を目前にした一代の英雄・織田
信長が家臣である光秀の謀反によって自害に追い込まれ、後継者の嫡男信忠も襲われ
て自刃した事件である。
歴史に“if”は禁物といわれるが、もし本能寺の変がな NHK大河ドラマ「明智光秀」
NHK大河ドラマ「明智光秀」
かったら日本の歴史がどうなったかを考えれば、その影
響の大きさを想像できる。当時、信長に対抗できるだけ
の武将はいなかった。だからこの事件がなければ信長に
よる天下統一は数年のうちに達成されただろうといわれ
る。そうなれば豊臣秀吉が天下人にならなかったかもし
れないし、続く徳川家康による江戸幕府もなかったかも
しれない。
そのように考えると、本能寺の変が歴史の流れに与えた影響は途轍もなく大きかった
ことが想像できる。
 では本能寺の変がなぜミステリーとされるのか。一つには信長の家臣団の中でも秀
吉らとともに「中途入社」組として信長の実力主義により抜擢されて出世し、トップ
の地位にあった家臣光秀がなぜ主君を討ったのか、その真意がいまだに解明されない
ところにある。光秀自身に天下取りの野望があったのか、それとも怨恨によるものか、
果ては誰かにそそのかされて決起したのか。その理由を書いた本人の日記とか書状の
ような一次史料がなければ、真相を解明できないだろう。一次史料が見つからなけれ
ば、それに近い史料を調べるしかない。ところが後世の作り話とか、二次的史料で語
られることが多く、俗説が世間に流布したため、謀反の要因が百家争鳴のように発表
されて混乱しているのである。
 
2.要因諸説
 これまで発表された本能寺の変の要因について整理するため、単独犯行説、黒幕存
在・共謀説、四国政策転換説に分けて各説を述べることにする。
 
2.1 単独犯行説
(1)怨恨説
 明智光秀が主君織田信長によって、大勢の面前で耐え難いパワハラを受け、それを
恨んで鬱憤を晴らしたという類が多い。
 ア)丹波八上城攻めのとき、光秀は母を相手方へ人質に入れて開城させた。信長は
  城主を殺害したため、敵方は怒って母親を殺害したので、光秀はそれを恨んだ。
 イ)武田氏討伐後の陣中で、光秀が「骨を折った甲斐があった」と語ったのを信長
  が聞きとがめ、光秀を折檻した。
 ウ)稲葉一鉄(信長臣下の一人)の家臣だった斎藤利三(としみつ)が光秀の傘下
  に転じた。一鉄の訴えで信長がそれを元に戻すことと利光の切腹を命じたが、光
  秀が従わなかったので信長が光秀に暴力をふるった。
 エ)信長は徳川家康と穴山梅雪(武田家旧臣)の饗応役を光秀に命じたとき、出さ
  れた魚が腐っていたため信長が激怒し、光秀を罷免するとともに、用意した器物
  をすべて城の堀へ捨てさせてしまった。
 これらはドラマや映画などで好んで演出される場面であるが、信頼できる一次史料
ではほとんど扱われておらず、後世になって面白おかしく創作された可能性がある。
しかし、この中でウ)やエ)は良質な史料にもあり、信憑性が高いとされる。
この時信長は光秀の頭を2,3回平手でうち、そのとき光秀の付髪が打ち落されたと
いう。宣教師ルイス・フロイスの書いた『日本史』にも信長が大勢の面前で暴力をふ
るったことを書いているので、戦国史の大家、桑田忠親氏をはじめ史実として認める
向きも少なくない。これらのことを虚構として切り捨てない方がよい、とする歴史学
者もいる。光秀の面目を失わせるような出来事が立て続けに起きて、短い期間に急激
に鬱積した不安と不満が重なって爆発したことが事件の核心であったというのである
(金子拓『信長家臣明智光秀』)。光秀自身も本能寺の変のあと小早川隆景あてに送
った密書(届かなかった)にも、「近年信長に憤りを抱き、遺恨を・・・」といった
ことを書いており、何らかの不満と恨みを抱いていたことは確かなようである。
 
(2)野望説
 明智光秀が天下人になろうという野望があったため起こした謀反である、という説
で、戦国史の大御所とされる高柳光壽氏がその代表である。本能寺の変の4日前、光秀
が京都の愛宕山に参詣し、翌日連歌会を催した。そのとき光秀は、
 “ときは今 天が下しる 五月かな” という歌を詠んだ。
「とき(時)」は明智氏の出自である土岐(とき)氏に引っ掛け、「天が下しる」は
天下を統治する意味だというのだ。この話は『惟任退治記』(惟任=これとう、信長
から与えられた光秀の名字)という豊臣秀吉側近が書いた書物によるもので、秀吉礼
賛色の強い内容になっている。
 その他に光秀が亀山城を築いた際、周の武王が悪逆な殷(いん)の王を征伐した、
という中国の故事に倣って自ら周山と名乗ったという話もあるが、謀反につながる逸
話としては薄弱である。信長研究の基本史料となるのは、信長に仕えた直臣の太田牛
一が書いた『信長公記』(しんちょうこうき、『信長記』が基になった)であり、一
次史料に準じるとされている。牛一は主君信長をカリスマ的に書いているので、光秀
の謀反を天下人になるための野望だったとしている。たとえ怨恨があったとしても、
信長の非に関わることは立場上書けなかったのだろう。
 野望説の範疇になると思うが、「暴走阻止説」というのがある。本能寺の変を起こ
したのは、光秀が天下を取るという私利私欲が目的ではなく、暴走する信長の時代を
終わらせ、数か月のうちに畿内の情勢を安定させるから、あとは次世代の、例えば娘
婿・細川忠興(ただおき)らに畿内の支配権を引き渡したいという考えを持っていた
ことを、親交の深かった細川藤孝(幽斎、忠興の父親)に送った書状に書いてある。
なお、忠興の正室は光秀の娘「たま」、のちにキリスト教の洗礼を受け「ガラシャ」
と名乗ったが、その悲劇的な最期はよく知られているとおりである。天正八年(1580)
に11年も続いた石山本願寺との戦いが終わり、畿内が平定されたのに、相変わらず続
いている信長の軍事力による各地への征圧政策に危機感を抱いたため、天下取りのク
ーデターを起こした、という説である。
 
(3)非道阻止説
 歴史学者の小和田哲男氏は戦国史の研究では第一人者といわれ、大河ドラマの時代
考証などでもよく知られている。小和田氏の説は、信長が軍事、政策、情報、人事政
策などで時代の先取りをした稀有な武将であった半面、次第に増長して自己神格化し、
朝廷に対し傲慢な振舞いをするようになったことへの天罰だったという。
例として、ア)正親町(おうぎまち)天皇に対する圧力、 織田信長
織田信長
イ)信長の任官問題無視、ウ)太政大臣への暴言、エ)
天皇から国司号を授かった快川紹喜(かいせんじょうき)
を恵林寺で焼殺、などを挙げている。つまり、信長の横
暴を阻止するための謀反だったとする。その根拠となる
史料として、本能寺の変の当日、光秀が送った勧誘工作
の書状に、「信長父子の悪逆は天下の妨げであり、討ち
果たし候」と書いてあることが光秀の心情を示している、
というのである(『明智光秀と本能寺の変』)。ところが最近になって、信長と正親
町天皇は対立していなかったのではないか、という説が浮上している。このことにつ
いては次項で述べることにする。
 
2.2 黒幕存在・共謀説
(1) 朝廷黒幕説(光秀勤王家説)
 戦後になって浮上した説であり、絶対君主であることを望む信長にとって天皇は邪
魔な存在であることから、信長が正親町天皇と対立し、譲位を迫ったというもので、
光秀も朝廷と何らかのつながりがあったという説である。しかし、最近の学説では信
長と朝廷間でそれほど緊迫していたか、ということを疑問視する傾向が見られる。代
表的な説は「信長は天皇や朝廷がきちんと機能することが、天下の秩序を静謐(せい
ひつ)に保つ、という保守的な考えを持っていた。状軍足利義昭を追放したのち、信
長がこれに代わって朝廷を援助している」(金子拓氏)というものである。
 黒幕説に対する疑問点とそれに対する反論を以下に整理してみる。
 ア)信長は自己神格化した⇒このことはイエズス会宣教師のルイス・フロイスが書
  いた『日本史』や報告書のみに書かれており、デウス一神主義による主張ではな
  いか。信長は基本的には天皇や将軍を尊重していた。
 イ)正親町天皇と対立した⇒朝廷の財政は逼迫し、譲位の儀式費ですら不足し、朝
  廷としては信長の経済的援助を求めていた。
 ウ)馬揃え(軍事パレード)は正親町天皇に対する軍事的威圧だった⇒実際には正
  親町天皇はこれを歓迎し、リクエストまでしている。
 エ)摂関家(近衛前久)や公家(吉田兼見)などが共謀した⇒これらの説の根拠は
  薄弱である。
 オ)朝廷から三職推任(信長に対して太政大臣・関白・将軍のいずれかに任官する
  勧め)があったが、信長は応じなかった⇒信長は四方面作戦中であり、それを優
  先したかったのではないか(推任の話は天皇から直接の話ではなかった、ともい
  われる)。
 そのほか考えられる事例はあるが、それぞれ賛否両論があることも確かである。
 いずれにしても事前・事後に光秀と朝廷のつながりを示す根拠は弱いのではないか。
 
(2) 足利義昭黒幕説(鞆幕府推戴説、光秀幕臣説)
 当初光秀は室町幕府の十五代将軍足利義昭に仕え、信長との間を仲介して両方に属
したが、後に信長の家臣として専属となっている。信長と敵対し敗れた義昭は信長に
追放されたが、鞆の浦(現福山市)で「鞆(とも)幕府」として再起し、光秀に指令
してクーデターを起こさせ、朝廷による信長の将軍任命を阻止しようとした、という
説である。しかし、本能寺の変のあと光秀が細川藤孝へ勧誘の書状を送っているが、
そこには義昭の名を出していない。当時、義昭は毛利氏に頼ろうとしたものの、毛利
氏は羽柴(豊臣)秀吉と講和する状況であった。また、義昭は上杉謙信など全国の大
名に対し、打倒信長の檄を飛ばしたこともあったが、結局その後の動きはなかった。
 
(3) イエズス会黒幕説
 イエズス会が南欧(スペイン、ポルトガル)の尖兵としてアジア征服をもくろみ、
そのため信長の天下統一を支援し、さらに信長に中国(明)を征服させようとした。
ところが信長は自己神格化を図るため、イエズス会とは決別した。そのため、光秀に
信長を討たせ、つぎに秀吉に光秀を討たせるというストーリーを仕組んだ、という説
である。実際にイエズス会の中に明国や日本の征服論があり、信長もそのような情報
をキャッチしていたが、信長はポルトガルのような遠いところから軍を派遣すること
は不可能と考えており、自らの軍事力に自信を持っていたのではないか(平川新『戦
国日本と大航海時代』)という。また、当時のイエズス会は前述したように財政的に
逼迫しており、そんな余裕はなかった。イエズス会の報告は自分たちに有利な書き方
をしているが、実際の影響力は少なかったのではないか、といわれる。フロイスの
『日本史』には、宣教師オルガンティーノが本能寺の変のあと、明智軍を恐れて避難
したと書いてあり、共謀したこととは矛盾する。
 
(4) 羽柴秀吉陰謀説
 本能寺の変が起きて12日後、中国地方から引き返した羽柴秀吉軍と対決した明智光
秀軍は山崎の戦で敗れ、光秀は逃亡中に土民によって討たれた。その後は信長路線を
踏襲した秀吉が天下統一を成し遂げたことは、多くの人が知るとおりである。当時、
備中高松城(現岡山市)を攻めていた秀吉は相手の毛利氏と講和を結び、「中国大返
し」と呼ばれる驚異のスピードで強行移動し、明智軍と対戦して勝利したわけだが、
あまりにもうまくいったので、あるいは最初から光秀の謀反を察知していた秀吉の仕
組んだ陰謀だった、という説である。小説やドラマなら面白いストーリーであるが、
これは「事件により最大の利益を得た者が真犯人」という論理であると論じるのは、
ベストセラー『応仁の乱』を著した新進の歴史学者・呉座勇一氏である(『陰謀の日
本中世史』)。
 
(5) 徳川家康共謀説
 徳川家康との共謀説を唱えるのは、光秀の子孫と自称する明智憲三郎氏がその代表
である。信長が光秀に家康を討つように命じたが、光秀が家康と手を結んで信長を討
った、という説で、信長の唐入り計画(明国征服)を阻止することが最大の目的であ
ったというのである。しかし、信長が同盟を結んでいる家康を殺害する動機が不明で
あり、このような陰謀は秘密裏に遂行しなければならず、光秀が家康と共謀すること
自体が危険である、というのが前記の呉座氏の見解であり、小和田氏も否定的である
(『明智光秀と本能寺の変』まえがき)。本能寺の変のあと、堺を見物中だった家康
は明智軍に追われる立場になり、自分の領地へ帰るのに危険なルートをたどって命か
らがらの逃避行をする。いわゆる「神君伊賀越え」である。その途中では多くの配下
を失っており、共謀説には疑問が多すぎる。
 
 以上のほかに長宗我部元親、本願寺教如、上杉景勝との連携説などがある。変わっ
た説で、光秀が甲斐の武田氏と内通して打倒信長をもくろみ、武田氏が滅亡後、旧武
田家臣の穴山梅雪が家康と安土へ来たので、ばれるのを恐れて謀反を起こしたという
説もある。このように諸説あるが、いずれも根拠が薄弱であるとされている。結局、
いずれの黒幕説も事前に光秀と黒幕とされる集団や人物との折衝した裏付け史料がな
いことが致命的な弱点である。
 
2.3 四国政策転換説
 近年浮上した説で、かなり説得力があるとされている。2014年に岡山市で発見され
た『石谷家(いしがいけ)文書』という史料で明らかになった。四国を制覇しつつあ
った長宗我部元親に対し、当初信長は「手柄次第で切り取りを許す」という朱印状ま
で与えていた。ところがせっかく元親が四国統一する寸前に、信長は元親の領土を元
親と敵対していた三好氏へ与えるという一方的な約束の破棄をしたのである。そのう
え元親を攻めるというのだ。一説には、三好氏が支配する瀬戸内海の制海権を手に入
れたいための信長の方針転換といわれる。この一件で元親が激怒した。当初、信長と
元親の取次役を担っていたのが光秀だった。光秀の重臣斎藤利三(としみつ)は元親
の義兄(利三の義妹が元親の正室)という関係でもあり、光秀は取次役として適任で
あった。それが信長の一方的な領土変更命令によって光秀の面目は丸つぶれとなり、
それを恨んで謀反に及んだという説である。この問題は光秀にとってはあくまで副次
的な問題である、とする歴史学者もいる(和田裕弘『織田信長の家臣団』)。しかし、
光秀の心の底には信長の理不尽な政策変更がわだかまりとして、根に持つ要因となっ
たことは考えられないことではない。
 
3.有力史料発見による新展開
 昨年(2021年)金沢市で発見された『乙夜之書物』(いつやのかきもの)という史
料は、本能寺の変の真相を解く有力な根拠となった(菅野俊輔『真相解明「本能寺の
変」』)。この史料は本能寺の変に参加した明智方の斎藤利宗(先に触れた斎藤利三
の三男)が晩年に語った遺談を、加賀藩士がまとめた書物で、かなり信頼度の高い情
報が書かれている。結論から言えば、この謀反は光秀の思いたちから起こった突発的
事件であること、また光秀は本能寺襲撃には参加せず、自身は鳥羽に控えていたとい
う事実がわかったのである。本能寺の変は6月2日であるが、光秀が謀反を思い立っ
たのは5月28日以降と思われ、6月1日に居城の丹波亀山城に重臣たちを集め、軍議
の席上「謀反」を吐露した。重臣たちは待っていたかのように反応し、利三ら家老と
侍大将たちが誓詞に署名・血判し、成就を誓い合ったという。これまでは桔梗の旗印
をなびかせ、光秀自らが1万3千の軍勢を率いて、突然「敵は本能寺にあり」と叫ん
で本能寺へ向かったように思われていたが、実際には光秀自身は本隊を率いて京都か
ら約8km南の鳥羽に控え、本能寺へ向かったのは明智秀満(光秀の娘婿)と斎藤利
三の率いる2千余騎だった。そのあと、明智軍は信長の後継者である嫡男信忠のいる
二条御所へ攻め込んだ。光秀自身はさすがに信長の死を目にしたくなかったのだろう
か、信忠攻撃の方に加わったようである。このような史実によって、少なくとも本能
寺の変の要因は黒幕説や共謀説、あるいは第三者の関与説はすべて成り立たなくなっ
た、ということである。
 ここで、光秀の動機をまとめる意味で、信頼できる歴史学者二人の意見を紹介しよ
う。谷口克広氏は黒幕説に疑問を投げ、「これからはむしろ光秀単独の企てという従
来からの説に戻って考え直したほうがよいのではないか」(『織田信長合戦全録』)
と述べている。前述の呉座氏は、謀反を成功させるには信長と信忠を同時に抹殺する
必要があるが、これは至難の業だ。そこで当の2人とも京都にあり、随える兵数も少
なく、「幸運、強いて言えば信長の油断によって条件が満たされた。したがって、突
然訪れた好機を逃さず決起したという突発的な単独犯行とみるべきであろう」(『陰
謀の日本中世史』)と書いている。
 
4. 明智光秀の心境を推理する
明智光秀
明智光秀
 光秀が突発的に謀反を思い立ったことは、前節で明
らかになったが、結局のところ真の動機については本
人でなければ分からない。そこで私の抱く"妄想"を交
えて揺れ動く光秀の心の中に立ち入ってみようと思う。
 少なくとも1年前まで光秀は、家臣に送った書状に
「瓦礫沈淪」(がれきちんりん、自分のような価値もな
い者を引き上げてくれた、という意味)と書いているよ
うに、信長に対して恩義を感じていた。半年前には光秀
が坂本城で茶会を催したときには、床の間に信長直筆の書が飾ってあったという。
あるいは信長のやり方には同調できないことがあったにせよ、努めて恩義を大切にし
ようと思っていた。光秀の脳裏には、これまでのことが走馬灯のように駆けめぐった。
低い身分だった若き日のこと、将軍義昭と信長に両属し二人の間を取り持ったこと、
朝廷や公家などとの調整に腐心したこと、凄惨をきわめた比叡山焼き討ちのこと、越
前攻めでは浅井長政の寝返りにより信長が退路を断たれたとき、秀吉とともに殿(し
んがり)として奮戦した金ヶ崎の戦いのこと、そして5年もかかった丹波攻略のこと、
その間には転戦に次ぐ転戦や大病を患ったこと、一大イベントの馬揃えでは奉行を務
めたこと、福知山城下で治水工事などインフラ政策に腐心したことなど。これらはむ
しろ信長とは蜜月の関係での出来事だった。側室を持たなかった光秀は聡明な妻、熙
子(ひろこ)に先立たれ、孤独になった境遇を思ったりもした。最近の主君信長につ
いて思いを巡らせた。信長は実力主義から親族優遇へ政策転換している。自分の息子
たちに領土権を与え始めている。光秀が折角苦労して平定した丹波から未征服の出雲
・岩見への国替えの話も出ている。だが、信長による国替えの例はほかの家臣に対し
てもあることだ。それよりも四国の領土転換問題が大きく光秀の中でわだかまってい
た。朱印状まで交わした長宗我部元親に対する領土の約束を信長によって反故にされ
た一件である。信長と元親の間を取次役として努力したのは光秀だった。
この件には光秀の腹心である斎藤利三が絡んでいる。利三は元親とは縁戚にあたるの
だ。利三が稲葉家から光秀の臣下へ転属したとき、信長から元へ戻し利三を切腹させ
るよう命じられたが、光秀はそれを断ったため信長から満座の中でパワハラを受けた。
そのときの屈辱的パワハラを思い出すと耐えられない感情が沸き上がった。しかも今
回の出陣命令は家康饗応役を罷免されたうえ、中国を攻めている羽柴秀吉の援軍とし
ての出陣命令だ。秀吉の指揮下になれ、ということである。光秀にとって秀吉は信長
家臣団の中では同じ中途入社組で出世したライバルだ。光秀には清和源氏土岐氏の血
が流れている、というプライドがある。一方の秀吉は農民の出ではないか。しかも光
秀には信長家臣団の中でも最初に一国一城を持たせてもらった出世頭という経歴があ
る。だが最近の信長の人事政策には不安を覚えることが多い。筆頭家老まで務めた林
秀勝や最大軍団を率いていた佐久間信盛などの老臣が突然罷免されたりしている。
自分も他の方面軍司令官より年齢が高い(当時の光秀の年齢は通説では55歳だったが、
近年67歳説が有力である)。いつ左遷か罷免されるかもしれない、という恐怖感があ
った。不安と恨みの中で、いまの状況を考えた。信長の主要な家臣団、つまり柴田勝
家、羽柴秀吉、滝川一益、神戸信孝は各方面の戦線で釘付け状態だ。しかも当の信長
は中国出陣前の茶会を催すため、小姓衆2,30人という手勢だけで京都の本能寺に滞
在している。いわば丸腰である。しかも家督を譲られたNO.2の信忠も同じ京都の二
条御所にいる。自分には1万3千の兵が従っている。成功すれば縁戚の細川父子や筒
井順慶は馳せ参じてくれるだろう。幸いにも自軍の中には目付のような武将は誰もい
ない。「今しかない」光秀の決意は堰を切った水のように止めようもなかった。
 
5. むすび
 信長が「誰の謀反か」と問うと、小姓の森政利(蘭丸)が「明智の軍勢のようです」
と答える。信長は「是非に及ばず」と言って敵に応戦した。有名な本能寺における信
長最後の場面である。この様子を書いたのは、前述の太田牛一(『信長公記』)であ
る。二条御所にいた信忠も武術の心得があり奮戦したが、自刃した。すべて信長の油
断が招いたことだった。光秀のクーデターも一旦は成功する。しかし、そのあとの光
秀には大きな誤算が三つあった。一つは事件後に味方になってくれると信じていた盟
友の細川藤孝(幽斉)とその子で娘婿の忠興が動かなかったことである。父子に対し
てはのちに秀吉から感謝状が贈られている。忠興の妻は光秀の三女「たま」で洗礼名
が「ガラシャ」、その悲劇的な最期はよく知られている。二つ目の誤算は、神戸信孝
(信長の三男)が秀吉方に参戦したため、秀吉が信長の弔い合戦の名目を得たことで
ある。最も大きな誤算はまさかの秀吉による「中国大返し」だった。秀吉が率いる全
軍2万の軍勢が備中高松から、京都の山崎までの約220kmの長距離を実質8日間で移
動し、山崎の戦いで光秀を破った。秀吉の軍勢は3万6千にも膨れ上がり、光秀軍の
3倍以上だったという。なお、秀吉軍の驚異的な移動を、科学的視点から検証した著
書も最近出版されていることを付記しておこう(播田安弘『日本史サイエンス』)。
 光秀は敗走中に落ち武者狩りに遭い、殺された。「三日天下」といわれるが、実際
は12日間の天下だった。もし早くから天下取りの野望を抱いていたとしたら、もう少
し木目の細かい事後の対策を立てていた筈である。
 私は光秀の謀反の謎を解くキーパーソンとして、腹心の斎藤利三の存在が大きかっ
たと思っている。利三は稲葉家からの転属問題で信長に切腹まで言われた。この件で
拒否をした主君光秀が信長から屈辱的な仕打ちを受けた。四国領土について長宗我部
元親との取次役として光秀が一役買ったのも、利三が元親と縁戚があったことが接点
だったはずだ。信長によって約束を反故にされ、光秀の面子がつぶされた一件は前述
したとおりである。光秀と利三は掛け替えのない主従関係だった。だから光秀は近臣
に謀反を発表する前に利三と娘婿の明智秀満だけには胸の内を打ち明け、利三もすぐ
に光秀の決意を了解したのだろう。利三は本能寺急襲の指揮官を務めた後、山崎の戦
いでは息子を探すといって別行動をとったが、結局捕らえられて処刑された。本能寺
襲撃に参加した利三の三男利宗がのちに遺談を語ったことは前に述べたが、その利宗
は幸運にも秀吉に赦され、のちに加藤清正の臣下となり、さらに徳川将軍家の旗本に
なったと伝えられている。それは妹「福」の招きによるものとされ、この「福」こそ
三代将軍徳川家光の乳母で、大奥を差配した春日局だったのである。
                                   以上
 
2022.04.24 清水 初夢でコロナ罹病患者扱いされてみて・・・
 
初夢でコロナ罹病患者扱いされてみて・・・ 横浜市 清水 有道
 〜その挙句ちょっとふざけてみてもいいかなって?!〜
 
1.新型コロナウイルス陽転患者扱いされたことを初夢にまで見て
 昨年の3月24日(水)夜8時半に前日からの体調の不具合が到頭どうにも我慢でき
なくなって、寒さに震え、体温を測ってみれば38.5度あるではないか。筆者は平素の
体温が低く、通常35.1もしくは35.2度くらいなので、十分高熱であることは間違いな
い。直ぐに床を延べ、臥した。まあそれからというもの3日間、寝ていても、あるこ
とないことすべて筆者が悪く、筆者に落ち度があるからさようなことになるので困っ
たものだという女房と娘の悪口放題がガンガン耳に入ってくる。「何でも、何時でも
厄介なことがあれば、必ず震源地はおやじなんですよ」、という妻の会話や文句を聞
かされっ放しだった。家庭内で自分がどういう扱いを受けているのかを、正直に、ダ
イレクトに、実感するのはこういう時なんだなぁ・・・ということが分かって、平素
感付いていることとはいえ、かなり深刻に塞ぎ込んでしまった。毎日の行いや生活が
本気で否定され兼ねないからである。
 ところが、この粗筋がこともあろうにこと細かく今年の初夢に再現されてしまった
のである。あまりこのような例は聞いていなかったので、正直なところ何かの間違い
ではないのか、と大変気持ちの悪い思いを味わった。
 
2.分かってもらえないこと
 この世では、特に日本では、いくら説明しても、解き明かしても決してわかっても
らえないことがたくさんある。今回の初夢もこの中に入れてもらえるだろう。筆者も
70歳になるまでに既に何回か経験した。確かにそのうちのいくつかは、説得できてい
たかもしれないが、相手がそれを受け入れたくないと遮二無二態度を崩さなければ、
打ち克つことは難しいのは良く分かる。が、しかし、どうすればその先に禍根を残さ
ずに無難に解決に導くことができるのであろうか。ちょっと声を掛けて聞いてみると、
皆さん声を揃えて、「ある!ある!」と簡単に答えて下さる。が、「然らば実際に、
どういう風に?」と問い直すと、その先の答えは大変覚束ないのである。「無責任か
もしれないけど・・・その先は勘弁して・・・!」となってしまう。随分と卑怯な態
度ではなかろうか。このような答えに直面したら、真面目に対応して真意を見付ける
などほど遠いか、不可能であろうと思われる。でもこれが偽らざるわが国の人々のや
っていることなんだと思う。一人か二人でこそこそと、或いはひそひそと話し込むか、
多くの人で一緒に盛り上がって気勢を上げるかの、どちらかに慣れっこになってしま
って、個人としての思いや考えをしっかり発言することは苦手であるというより、し
たがらないよう習慣づけられてしまっている。オープンな社会になって久しいが、未
だに悪癖は改まっていないと言うべきだろう。
 
3.「そんなに違わないですよ。そんなに目くじらを立てず、
                    お互いゆっくりやりましょうよ!」
 直ぐに集まってくれる気心の知れている近所のおばちゃんたちの殆どが正直男性の
敵とは思えないのだが、これで本当に良いのだろうか?女性の心を十分に理解できな
い筆者にはしばし目を白黒させ、皮膚の色をカメレオンもどきに変えながら苦しく対
応していると、「ご主人、いいですね!、いろんなことが分かっていらっしゃる素晴
らしいことよ! これからも導いてくださいよ!」とおっしゃる。本心から受けて良
いものやら、「もっとよく計算しなきゃダメだよ」と言われているのかもしれない。
その通り、その方が正しいのだと思う。本当に難しいったらありゃしない。「もっと
すっきりしましょうよ!」、「本当! 本当! その通り!!」。でも、これ何の話
だっけぇ、ちょっと、焦点ボケたかも・・・。コロナウイルス感染患者に仕立てられ
損なった筆者が気に病んで、初夢にまで見て悩んでいる話でした。脱線序でにもう少
し外れてしまおうではありませんか。
 
4.もっともっと潰れてみようよ・・・!
「ん・・・・・だ! ん・・・・・だ! やろ! やろ! 前向きでも後ろ向きでも、
いいねぇ・・・!地上の犬、猫も、大空の鷹も、鶴も思いは同じじゃないかな?」 
こんな音頭取りに先導されたら、誰だってやっちゃうんじゃない!!やらせる方もや
る方も本当に嬉しいでしょうねぇ。でも、冷静にちょっと考えて欲しいんだよね!
「この文章を書いているのは志那事変が始まった昭和12年に生まれた元愛国少年が言
っている言葉なんですよ!信じられますか? 考えられますか?」
 カラオケが大流行で、誰でも30曲くらい唄える歌を持っていて、どんなにたくさん
の人と歌合わせをしても、唄う歌が無くなることはないし、幾つでも直ぐに見付け出
せるのだから結構な世の中になったものだと思う。でもここで喜んでいるようでは、
進歩がないなぁと言われるんだろうなぁ。自分で幾つもアレンジをして、自分のファ
イン・レパートリーを広げて、ますます座興を増す名人として、同僚の賛意を集める
人気者に登り詰めることができるなら、上出来じゃないでしょうか。ハチャメチャ人
生万歳ですね。筆者はこのような無茶苦茶ストーリーを地で進められる人に憧れを抱
いていたようである。絶対に出来ないことが分かっているから、逆にどうしても実現
させたくて空騒ぎをしてしまうのだ。これも紹介した初夢の裏側に潜んでいる次の初
夢の予備軍なのだろうか。溜まったガスを抜ききった後のようなすっきりした気分に
なった。                                 了
                         2022年2月3日(木)  記
 
2022.04.10 清水 なぜ難しい横文字単語が幾つも立て続けに流行るのか?
 
なぜ難しい横文字単語が幾つも
立て続けに流行るのか? 横浜市 清水 有道
 
1.はじめに
 まず最初に議論を進める前に、これら四つの言葉の本来の意味と最近使われるよう
になった経緯と筆者が見つけたそれらの言葉の使われ方について、簡単に以下触れて
おきたい。
 1−1.「シンギュラリティ」
 シンギュラリティは英語で、単独、単一を表す言葉で、特異性や特性を指す言葉と
して、天文学では密度が無限大となるブラック・ホールの中心の特異点を指す言葉と
して、数学や言語学でも文法上の言葉として単数性を表す言葉として使われている。
それが一転して、人間の行う作業や知的活動の分野に人工知能(AI=Artificial-
Intelligence)が導入されて、AIが人間の知能を超える時点を指す言葉として登場し
てきたのがシンギュラリティ(Singularity)である。
 1−2. 「エントロピー」
 エントロピー(ドイツ語で”Entropie”)は、熱力学の用語で、無秩序さの度合い
を表す量をいう言葉である。ギリシャ語で変化を意味する語からドイツの物理学者の
クラウジウスが1865年に命名した言葉とされている。無秩序さが増大するとエントロ
ピーは大きくなる。この考え方が近年の情報社会の発展、拡張に伴い、情報理論にも
適用範囲が広げられて、情報の不確かさを表す尺度としても使われることになり、盛
んに人間の営む社会の表面に現れることになった。
 筆者は科学者ではなく、元来この種の議論には不向きであるが、敢えて挑戦して解
釈するなら、”何故、時間は過去から未来へ一方的に流れるのか?何故、時間が一方
向性なのか?何故、エントロピーは未来に向かってのみ増大するのか?正直なところ、
筆者には分かり易く説明することができない。そして、エントロピーが減少する方向
では予測という作業が不可能である、と言われるが、その意味と理由が筆者には難し
すぎて答えが出せない。疑問に四方を囲まれて、これからこの言葉に付き合わなけれ
ばならないとは、大変気が重いし、覚束ないのである。
 1−3.「デュー・デリジェンス」
 デュー・デリジェンス(略してDD=Due Deligence)は更に難しい。この言葉は経営
学上で使われるもので、M&A(企業合併・統合、買収)や出資の対象となる会社や事
業を詳細に調査する業務を指す言葉であった。M&Aを実行すべきか否かの判断をサポ
ートする有意な情報を網羅的に検出すると共に、PMI(Project Management Institu-
te)につながるイシュー(Issue 問題点)を頭出しすることも、近年のDDの主なスコ
ープとなっている由である。ところが近年では欧米諸国が中国の山岳民族に対する人
権侵害等新しく企業や事業体の人権侵害を監視する業務を指すことに多く用いられて
いる。未就学の児童を働かせて、安く物を作っていないか、低賃金で働かせていない
か、人権蹂躙がないか、十分人権が尊重されているか、に重点を置いて監視する業務
を指すようである。
 1−4.「ジェントリフィケーション」
 人間社会の底辺・貧困層に目を向け、政策を特化して中産階級化すること、更に高
級化することに使われる英語の言葉(Gentrification)であるが、当節の一握りの超
富裕層と中産階級が消滅して底辺・貧困層に没落してゆくいわゆる二極化に伴い、貧
困層の住む地域が無くなり、路上生活者を生み出す要因を作り出しているような傾向
全体を指して使われているようである。他にも都市化することが必ずしもこれからの
人間の居住地に求められるのではなく、逆に脱都市化を叫ぶ人々が学者や政治家も含
めて大きな力になりつつある。現にコロナ禍でテレワークやリモートワーク等勤務形
態に大きな変化が出るに及んで、大都市の人口は減り始めており、都市に隣接する緑
の多い開発地域が今後の生活の場として、早くも投資・投機の対象物件となっている。
このような背景を持った脱都市化を表す言葉として”Discentralization”という英単
語が頻繁に使われるようになってきた。また、貧困層を中産階級化する動きを示すた
めに回復力を表す言葉として”Regilience”という英単語もよく目にする。
 
2.上記の首題を取り上げた理由と筆者の期待
 これら四つの言葉がどう使われようとも、これからは人間のする仕事の半分以上を
人工知能(AI)がこなす時代が迫っている。それに伴い、人生の意味も一変するものと
思われる。社会の価値観やあり方を示す地球上の「大きな物語」とも呼べるロマンを
どう描くかがこれからの大きな課題となろう。単純に現在の趨勢のままに科学の力だ
けに任せることは出来ないだろうし、そういう選択は誤りであろう。多分従来の何倍
かの哲学、歴史、芸術、文学等の人文科学の力が必要になるだろう。その意味で大学
の文学部の果たす役割が急激に大きくなるものと思われる。人類の歴史から見ればギ
リシャ時代の再来、ルネッサンス、文芸復興の再到来となるのではなかろうか。これ
は筆者の今後に賭ける大きな未来への期待であり、希望である。ペスト大流行後の世
界の復興同様、コロナ禍後の社会転換と人間の総合力の見せ場、舞台への祈願である。
 それにつけても筆者が良く分からないというか、大変疑問に思うことは、何故例え
ば今回上に挙げた四つの外来語について、分かりにくい横文字をカタカナ化したもの
や、単語が2字になるものやハイフォンで繋いだものは略語として大文字で2字を並
べたものを何時までも使い、何故専門の日本語か的確な日本語の訳語を作らないので
あろうか。筆者は以前に日本でも正しい、しっかりした日本語を決めるアカデミー組
織が必要であることを提案したが、今でも本当に不可欠であると思うのだが・・・
 ひとたび気になるとなかなか忘れることができない悪い性格の持ち主であるため、
諦める癖が働かず寝覚め悪く課題を引きずってしまいがちである。「またつまらない
ことをグタグタ言っているな!!」と一笑に付してください。         了
                        2022年2月1日(火)   記