“拓本を楽しむ” 横須賀市 大隅 豊治
 
≪はじめに≫
  浅草待乳山聖天宮にて
浅草待乳山聖天宮にて
 私は、平成5年11月に定年を迎え、翌年に佐野から横
須賀へ帰ってきました。平成7年3月に「日本拓本研究
会」に正式に入会し、それ以降十有余年になります。
 その前に妻が佐野拓本研究会に入っており、一緒に各
地へ採拓に参加しておりましたので、なんとなく拓本の
イメージがあり、定年後の趣味にしようとして本格的に
拓本に取り組んできました。
 掛軸も数えたことはありませんが、50本を有に越えていると思います。また、作品
を知人にあげたりして喜ばれております。採拓した碑は100を越えております。それぞ
れに旅の思い出として、採拓したものであり、私としては甲乙が付け難いものです。
 今回、写真から掲載していただいたので、掛軸にした現物と違い、鮮明さに欠ける
点があろうかと思いますが、ご容赦ください。
 
1.『拓本』とは
 『拓本』とは、木・石・器等に刻まれた文字・文様・図像等を必ず原刻面に紙を貼
り(上紙法)、その上から墨で摺り写す(上墨法)「間接的」な複写法、印刷法であ
り、原刻面は汚れない。それに対し、版画は原版に墨を塗りその上に紙を置き原版に
刻まれた文字・文様・図像等をパレンで摺り写す「直接的」な印刷法であり、原版は
汚れると同時に反対に写る。魚拓にも直説法と間接法がある。
 『中国』では文字で書いたものを大切にしたが、紙・絹・木等に書かれたものは時
代と共に風化摩滅する。そこで金属や石等の硬いものに刻んで保存するようになった。
これが「石経」で紀元前から存在した。紙が中国後漢時代(紀元25〜200年)に発明さ
れ、石経から書写による誤字、誤伝を防ぐために、拓本技法が考え出され、拓本を基
に版木を彫り、版画にし、新碑を刻み拓本等の繰り返しが行われた。
 現存する拓本の最古のものは唐拓といい敦煌の莫高窟第17窟から発見されたもの
だが、それ以前からあったと考えられる。『日本』には遣唐使以降導入され、江戸時
代以降盛んに利用され、昭和20年以降、考古学の勃興にともなって遺物の文様や金
石文の記録法として採用された。『英国』にもラビング(Rubbing)という乾拓法があ
り、中国の拓本技法が伝承された。固型墨(トールボール)や油絵具で摺る技法で、
その後東南アジアへと伝わった。
 
2.『拓本の技法』
「乾拓法」とは、日本人によって考案された技法で逆に中国へ伝わったと思われる。
まったく水分を使わずに紙を被拓物(水分を嫌う刃剣の銘や古鏡・古銭・木製品・貴
重な金属装飾品等)の上に乗せ固定し、その上から固型墨で文字・文様・図像を摺り
出す技法。
「湿拓法」とは、千数百年の中国で考案された技法である。主流がこの方法なので採 
拓技法は湿拓法で述べる。
 
3.『拓本の価値』
 拓本の価値は、書(文字、美術)の研究、碑や墓誌等歴史・文学の好資料、考古学
で遺物の形態や文様等資料の蒐集・記録、歳月で風化して肉眼では判読できないもの
が可能になる(石仏の銘等)、先人の遺した書や絵画等、特に古碑の風韻雅致が高い
文字が観賞できる。原蹟が戦争・災害等で亡失しても、拓本があれば再刻することが
可能である。
 
4.『拓本の芸術性』
 拓本の芸術性は、日本のスタートが複写性・記録性のみが重視され、表現方法(芸
術性・創造性)を追求されなかったが表現方法に焦点をあてるべきである。黒と白の
織りなす東洋的な美、碑の持つ文様(自然風化)の美、採る人の感性により全く味わ
いの違うものが出来る。特に立体的な石仏等に顕著であり、二度と同じものが出来な
い。
 
5.『湿拓法』
 拓本を採る時の心得は、先人が残した貴重な文化財の上で行う技法であるので、被
拓物の所有者・管理者のあるものは必ず承諾を得る。被拓物に直接墨を塗って汚した
り、不注意に扱って破損しない。被拓物の周囲の樹木等破損しない。採拓完了後は被
拓物の清掃と共に周囲を掃除する。最後は所有者、管理者に感謝の意をこめて終了報
告をする。
 
@ 採拓の前に碑の清掃をする。陰刻の部分に虫の巣等があったり、碑の下の方が特
 に汚れているので注意をすること。(タワシ、刷毛、タオル等で)
A 碑面の大きさに合わせて用紙を切る。この時採拓面より少し大きく切る。 
B 碑面に用紙を貼る。まず、用紙の上端左右をテープで止める。
C 用紙は水を含むと伸びるので、水貼りする前に用紙 E文字の輪郭を出し(左)、Fタンポで上墨する(右)
E文字の輪郭を出し(左)、Fタンポで上墨する(右)
 に軽く霧を吹き伸ばし左右のテープを貼り返す。
D 左手に噴霧器、右手に水刷毛を持って霧を用紙に吹
 き付け、その上を刷き貼付けて行く。用紙の中央上部
 から四方に向かって紙を伸ばしながら、しわを残さな
 い様に刷毛を斜めに使って貼って行く。
E 水貼りが出来たら巻タオルで紙の中央からころがし、
 空気を抜きながら碑面に密着させると同時に文字の輪
 部が浮き出る様に努める。さらに乾いたタオルで丹念
 に文字を押し込んで行く。 F墨付けが完了、はがすタイミングを待つ
F墨付けが完了、はがすタイミングを待つ
  用紙の上にサラシ布(日本手拭でも可)を当て打刷
 けで軽く打って文字・輪部を出す方法がある。タオル
 は新品よりも使いふるしたものが良い。後は、適当に
 乾燥するのを待つ。(6〜7割方乾いたら良いと思う)
F 左右に打包(タンポ)を持ち、左手で墨をつけ右手
 に移す。打包をそり擦り合わせたり、たたき合ったり
 して、右手打包にまんべんなく墨をつける。この打包
 でなま乾きになった紙の上を碑面に直角にたたいてゆくと、文字や画、文様がくっ
 きりと紙面に現れて来る。紙のなま乾き具合と墨の量等は体験の中から見付けて行
 く。打ち残しがないか、墨色のムラがないか、その結果を左、右、遠くから、また
 斜めからも確認する。
G 確認したら、用紙がもう少し乾く迄待ってとりはがす。この時破り易いので、紙
 の一端を持つのでなく左右の上端を持ちゆっくりと上部から下部へ離して行く。片
 腕を伸ばしてその上に紙の上部をたれかけさせて離して行くとよい。
  取りはずす前に最初に貼ったテープを全部取り除くことが大事である。取りはず
 した採拓紙は平らな場所に新聞紙等を敷きその上に乗せて乾かす。九分通り乾いた
 らその新聞紙と一緒に丸めて納める。
H 採拓後は碑面はもちろん、周囲一帯も清掃する。 
 
 採拓は碑面に紙を密着させしわが無い様に貼りつけられれば、後は紙が乾いてはが
れたり、風にあおわれてはがれたりする前にすばやく且ムラなく上墨すればよいので
ある。野外での採拓は、雨の日は紙が乾かない、風の日は紙が貼りにくく、又夏は乾
きが速く紙がはがれやすいので向かない。
 
≪採拓後の楽しみとして≫
 表装して掛軸、額装、屏風等に仕立てる。特に掛軸は拓本に合わせて表具の裂、軸
表装の仕様(基本は九種類)を考えながら作製する楽しみがある。
 
               <備考> 写真は、OB会々員の西村三男氏撮影